金尾城(長崎県諫早市) 

こんにちは、今日朝起きてみると雪。気温も下がっているようで、昨日から道路の凍結による車の事故が発生していて、特に橋の上は凍り、滑りやすいので運転には十分注意してくださいね。


さて、昨年末に長崎県諫早市の金尾城に行ってきましたのでご紹介します。


金尾城は室町末期に築城された喜々津氏の居城です。喜々津氏は当初大村純前に仕えこの地を治めていましたが、諫早を治める西郷氏の圧力により、金尾城を出て、大村氏の領内に移ったとされています。


金尾城は約40mの丘陵地に築かれ、南西に一段高くなっている主郭と思われる曲輪があり、更に主郭の南側に空堀が二本あります。主郭の北東には広い曲輪が広がっています。

①D70_4206
①金尾城の北西側から登城します。町の皆さんは愛着があるのか案内板が複数あり、案内板に沿って行けば、あまり迷うことはなさそうです。

②D70_4211
②家と畑地の間の小道を通ります。


③D70_4219
③畑地の中を道なりに登ります。


④D70_4226
④ここにも案内板。この先が主郭の北東にある曲輪(二の郭)です。


⑤D70_4228
⑤二の郭の様子


⑥D70_4231
⑥金比羅社が祀られています。鳥居をくぐり登ったところが主郭です。


⑦D70_4235
⑦主郭には石碑があります。


⑧D70_4233
⑧主郭からの眺め。宅地がすぐ近くまで迫ってきていて、写真手前の主郭西側は宅地造成のためかなり削られているようです。


⑨D70_4239
⑨二の郭東側の様子。石積みがみられますが、往時のものか不明。登ってくる途中に石積のある畑があったように、畑地なのかもしれません。


⑩D70_4242
⑩同じく二の郭東側の様子。帯曲輪のようです。


⑪D70_4244
⑪隅石


⑫D70_4250
⑫ここにも石積。


⑬D70_4264
⑬かなり埋まっていますが竪堀のようです。


⑭D70_4279 
⑭この竪堀は判別が容易な程度な深さがあります。


⑮D70_4290
⑮城の北側からの眺め



縄張り図
※「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」から転載させて頂いております。
kaneo1.jpg


所在地



参考文献

長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編) / 長崎県教育委員会
・日本城郭大系17 長崎・佐賀  / ㈱新人物往来社


最後まで見て頂きましてありがとうございました。



スポンサーサイト

城の山古城(長崎県西海市) 

こんにちは、朝から長崎は雨。せっかくの日曜ですが全国的に雨模様のようです。晴れもいいんですが、ゆったりとした時間が流れる雨の日もいいです♪


さて、今回は長崎県西海市西海町にある「城の山古城」をご紹介します。
城の山古城は、長崎バイオパークにほど近い小高い山の山頂に築かれており、大村藩が編纂した郷村記によると、「東西三十五間、南北十一間、小松山にて四方深谷あり、所々石垣又乾堀の形あり」
「頂にあった墓から鎧の片らしきものが掘り出された」とあり、(「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」より)実際に東西に長く、曲輪も広くないため(概ね東西64m×南北11m)、城に居住したとは考えにくく、通常は麓の居館に居住し、緊急時に利用されたものではないかと思われます。


築城時期は、室町時代ではないかとのことで、古いお城のためか、遺構が少なく、また遺構が明瞭ではないため、積極的にお勧めするお城ではありません。

①DSC_1377
①城の南西からの眺め


②D70_4018
②登り口付近から撮影した県道120号線。
国道206号線を北上し、旧オランダ村手前の「バイオパーク入口」信号から右折、県道120号線に入り、長崎バイオパークを過ぎると①の山が見えてきますので、道なりに進むと写真の道路に着きます。


③D70_3939
③城の西側から登ります。登り口には赤い消防ホースが格納されている箱が設置されているので目印にしてください。登り始めてすぐに石垣が見えますが、民家の石垣です。


④DSC_1373
④山の谷に沿って登っていくと、段々畑があります。長崎県は平地が少ないので、山や丘陵地の斜面に畑を作り耕作をしていた跡をよく目にします。


⑤DSC_1347
⑤更に登っていくと、最初の曲輪が見えてきます。


⑥DSC_1369
⑥この山は所々に大きな自然石が露出していています。


⑦DSC_1367
⑦ここにも、、、石垣用の石材には困らないようです。


⑧DSC_1363
⑧主曲輪の北側切岸の様子。


⑨D70_3999
⑨写真⑧の左端には一部石積がみられます。


⑩D70_3972
⑩主曲輪には石碑があります。


⑪D70_3989
⑪主
曲輪中央部の様子


⑫DSC_1355
⑫東側の帯
曲輪の様子。所々に石積がみられます。


⑬DSC_1359
⑬東側の曲輪の様子ですが広くありません。また、写真左下に向かって堀切が走っているようにも見えますが明瞭ではありません。


⑭D70_3986
⑭ここも堀切のようにもみえますが、、、


P1291234.jpg
⑮最後に、先週1/29長崎港の様子。写真右の客船は、Quantum of the Seas(クァンタム・オブ・ザ・シーズ)   バハマ船籍  347.1m  168,666t 



縄張り図(「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)より転載させて頂いております。
shironoyamakojyo1.jpg


「城の山古城」の場所


最後まで見て頂きありがとうございました。

志岐城(熊本県苓北町) 

こんにちは、週末から少々暖かくなったように感じますが、寒さはまだまだこれからでしょう。


長崎では中国の旧正月を祝うランタンフェスティバルが今日から15日間に渡り開催されます。
今日は所用で中央公園付近を通りましたが、極彩色のランタンが飾られていて、お祭り一色といった感じでした。


さて、今回は昨年末に天草へ訪れた際に登城した志岐城をご紹介します。
志岐城は天草五人衆の中心人物であった志岐氏により14世紀から15世紀にかけて築城されたとされています。
北部九州の城では外来の陶磁器が出土することが多く、ここ志岐城でも中国や東南アジアの磁器が出土され、盛んに外国との貿易が行われたことがわかります。
天正17年の天草合戦で、小西行長、加藤清正の連合軍に攻められ、薩摩の島津氏を頼り、出水に退いたとされています。


①D70_3590
①本丸南側の帯曲輪から本丸を眺めたものです。


②D70_3407
②富岡城内に展示されていた志岐城の模型。本丸は左側。


③D70_3661
③志岐城は消防署の左側から登城します。本丸直下まで車で登れます。写真では見えにくいですが「志岐城跡公園」の表示板を探してください。


④D70_3643
④本丸下の二の丸の様子。駐車場もあり数台停められます。


⑤D70_3641
⑤本丸。左下に案内板あり。


⑥D70_3578
⑥本丸には志岐麟泉社が祀られています。志岐麟泉とは、志岐氏第16代当主で、志岐城主。天草五人衆の一人で志岐 鎮経(しき しげつね)と呼ばれます。キリシタン大名で、領地での布教を許しているが、のちに棄教。天草合戦で敗れ、出水へ逃れています。


⑦D70_3579
⑦標柱


⑧D70_3583
⑧本丸奥には一段高い場所があり、志岐麟泉の御神体を祀る石祠が鎮座しています。物見にはよい場所です。


⑨D70_3582
⑨土塁も残されているようです。


⑩D70_3581
⑩説明版


⑪D70_3585
⑪本丸北東側。犬走のようです。


⑫D70_3589
⑫本丸南側の様子。少々広い曲輪があります。見どころはこの曲輪の南側(写真右側)を降りた場所にあって、石積、堀切、土塁が残されています。このお城一番の見どころなのでお見逃しなく。


⑬D70_3597
⑬⑫の写真の南側に降りたところです。写真右に石積が見られます。


⑭D70_3610
⑭⑫の写真の曲輪南側直下の石積みの様子。往時は写真左側の斜面に石がびっしりと積まれていたのでしょう。


⑮D70_3617
⑮ここにも石がゴロゴロしています。


⑯D70_3620
⑯更に南側に進むと堀切。きれいなV字。往時はもっと深かったのだと思います。


⑰D70_3635
⑰中央に土塁。左右に堀切。


⑱D70_3651
⑱本丸を後にして出丸に移動。出丸に説明版がありました。


⑲D70_3652
⑲出丸からの眺め。写真奥の半島の中央窪んだところに富岡城があります。


志岐城の場所


最後まで見て頂きありがとうございました。

飯盛城(長崎県西彼杵郡長与町) 

こんにちは、昨日は雪混じりの荒れた天気でしたが、今日は一転していい天気です 寒いこの季節は日の当たる窓際が特等席です。

インフルエンザも流行ってきているようですので、皆さんご注意ください。僕は今シーズン予防接種をしてなくて、少々心配なんですけどね。


さて、昨年末に長崎県西彼杵郡長与町の飯盛城に行ってきましたのでご紹介します。
この飯盛城はあまり情報がなくて、城郭を趣味をしている方々のバイブル本である「日本城郭大系」にもなく、長崎県教育委員会発行の「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」で存在を知ったお城です。ただ、この報告書にも詳しい情報が無く、出自などわかっていないようです。
長与町の史跡は長与町のホームページにも掲載されているのですが、この飯盛城は残念ながら掲載がないのですが、長与町の郷土誌はあるようなので、もし掲載があれば詳しい内容を確認してみたいです。



①D70_3930
①飯盛城遠景。中央白い建物が長与小学校。その右上のこんもりした森が飯盛城です。


②D70_3876
②麓にある公民館に車を置かせて頂いて登城。この階段から登ります。

③D70_3884
③更に登ると頂上が見えてきます。


④DSC_1323
④頂上に到着。頂上は削平されていています。


⑤D70_3901
⑤七面大天女仮堂があります。


⑥D70_3897
⑥狛犬


⑦D70_3893
⑦曲輪の南側には土塁が残されています。


⑧D70_3902
⑧ここにも


⑨DSC_1334
⑨主曲輪の南西下に帯曲輪が残されています。写真左の高いほうが主曲輪。右の低いほうが帯郭です。


⑩DSC_1326
⑩あまり遺構は残っておらず、退散します。

⑪D70_3912
⑪見晴らしはあまりよくありません。階段途中で少々長与の街並みが見渡せます。


⑫D70_3880
⑫階段に集まったもみじがきれいだったので一枚パチリ。


縄張り図
iimori_jyo_nawabari1.jpg

長崎県教育委員会発行の「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」から転載させて頂いております。


飯盛城の場所


最後まで見て頂きありがとうございました。


平戸 

こんにちは。3連休の方もいらっしゃると思いますが、九州北部は晴れたり、曇ったり、また雨が降ったりで安定しない天気です。


せっかくの3連休なので連休初日に平戸に行ってきました。平戸は会社に入社してしばらくして訪れたのが最後で、かれこれ25年以上ぶりになるかもしれません。


平戸は約400年前にオランダなど西洋との貿易で繁栄した町で、町の至るところに往時の痕跡が残っていて、非常に興味深い町です。


今回の訪問の主な目的は城館で、詳しくはおってご紹介しますが、簡単に平戸をご紹介します。


①D70_5552
①平戸城。最初は安土桃山時代末期、文禄・慶長の役後に松浦鎮信によって築かれたものの、自ら破却されたと伝えられています。太平の世となった江戸時代中期になり、山鹿素行の軍学に基づいて縄張りがされ、再建されています。


②D70_5840
②平戸城天守閣からの眺め。対岸の右端に再建された平戸オランダ商館。写真中央左の山腹に松浦史料博物館が見えます。


③D70_5369
正宗寺。松浦隆信の墓があり、また、正宗寺の背後の山には勝尾獄城があります。


④D70_5460
④松浦史料博物館入口。松浦史料博物館は、平戸藩主松浦家に伝来した資料を収蔵、公開しています。


⑤D70_5452
⑤④番の松浦史料博物館入口の最初の数段の階段を登ったところから左右に通路が造られています。珍しいので撮影してみました。


⑥D70_5870
⑥松浦史料博物館は、博物館に向かって右側から車で登ってくることができます。ただ、道が狭いので車をぶつけないように注意して下さい。写真は駐車場から博物館に向かう通路です。写真中央右手から入場します。


⑦D70_5944
⑦博物館には、鎧兜や籠など当時使用されたものが多数展示されていますが、興味を持ったのが、1700年に作成された「東海道並びに船路の絵図」。九州北部から江戸までの風景や城郭が描かれています。この絵は島原半島を中心に撮影したもので、中央に島原城。その右に雲仙岳。左上になぜか六角形の出島。その下には「鍋島番小屋」と描かれている深堀が描かれています。


⑧D70_5943
⑧次の絵は佐賀県中央部。中央右は佐賀城と思われますが、「龍蔵寺」と書かれています。龍造寺隆信は1584年に沖田畷で敗れ、その後実権は鍋島家に移っていくはずですが、この地図が作成された1700年でも、まだ龍蔵寺となっています。龍蔵寺の左は唐津。呼子や伊万里の名前も見えます。
このように、九州北部から江戸までの様子が描かれていますが、特に城は特徴的に描かれているので、興味を持たれた方は現地でご確認ください。



⑨D70_5598
⑨城下町の様子。新しい建物もありますが、街並み保存の観点から黒を基調にした街づくりに取り組まれているようです。


⑩D70_5601X
⑩珍しい三階建ての建物。


⑪20170107_120443
⑪平戸は港町なのでやはり海産物が名物です。お昼は何にしようかと思案。鯛茶漬けを押しているようですが、一ふじ食堂さんでちゃんぽんを食べることにしました。長崎のちゃんぽんとくらべてやや濃厚。


⑫P1081196
⑫おみやげはカスドース。湖月堂老舗さんのカスドースは皇室献上菓子とのこと。


⑬P1081198
⑬カステラに卵黄をからめて揚げ、グラニュー糖をまぶしたものです。甘いので食べ過ぎに注意してください。


最後まで見て頂きありがとうございました。


| HOME | NEXT

calendar

S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
01« 2017/02 »03

プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
PageTop▲