FC2ブログ

横地城(静岡県)思い出の名古屋勤務シリーズ 

名古屋から戻ってきてはや1年を過ぎようとしていますが、思い出の名古屋勤務シリーズもいつまで続くことやら、気の赴くまま、お付き合い頂けるとありがたいです。


今回は、静岡遠征の際に登城した横地城をご紹介します。


横地城は、室町時代初期に、鎌倉時代の御家人、横地氏によって築城されたと伝えられています。
駿河守護今川氏と遠江守護斯波氏の対立に際して、斯波氏側に与した横地秀国は、1476年(文明8年)に、今川義元の祖父にあたる今川義忠によって攻められ落城したとされています。
と、ほとんど受け売りの説明ではありますが、西の端の長崎県民で、それほど歴史通でもない僕にとって名族・横地氏とはいえ、初めて耳にするお名前でした。城との出会いを通じて沢山勉強させて頂いております。

01_D70_3851.jpg 01 横地城の入口。横地城は、菊川城館遺跡群の一部として国の史跡に指定されているようです。


02_D70_3853.jpg02 ここからいよいよ山道に入ります。この先の道は道幅が狭いので、運転に自信の無い方は写真中央付近の駐車場に停めてもいいと思います。


03_D70_3854.jpg03 案内板


04_D70_3863.jpg04 狭い山道を登りきると駐車場。数台は止めれます。

05_D70_3865.jpg05 案内図


06_D70_3876.jpg06 金玉落としの谷。金玉が落ちるくらい険しく怖い谷というわけではなさそうで、説明板によると、、、、
「城兵戦闘訓練の場で兵は膝つき谷の底に膝をつき待機、山上より太鼓を合図に金の玉を谷底に落とし、兵は一斉に尾根にかけ上り、又谷に下り、玉をさがしあてた者は山にかけ上って賞を貰ったと伝えられている。」
とのことで、一安心。


07_D70_3883.jpg07 井戸跡


08_D70_3888.jpg08 横地城の案内板


09_D70_3892.jpg09 石碑 


10_D70_3896.jpg10 千畳敷。天気も良いし♪家族揃ってお弁当持参でお出かけするとよいかも。


11_D70_3899.jpg11 中城跡へ向かいます。城巡りもよいですが、ハイキングで訪れるのもおすすめです。


12_D70_3905.jpg12 中城と城を名のってはいますが土塁のようです。もしかして、左側の道路は中城の郭をを削って通されたのかもしれません。もしそうであれば残念ではあります。


13_D70_3915.jpg13 中城の様子です。小さい曲輪ながら土塁が巡っています。手前は虎口でしょうか。


14_D70_3918.jpg14 さらに進むと右側に明瞭な堀切。でも、やっぱり違和感がありますね。この道路はやはり曲輪を削って作られたのでしょう。


15_D70_3926.jpg15 東城本丸へ到着。金寿城というらしい。


16_D70_3933.jpg16 早速本丸へ


17_D70_3941.jpg17 東城本丸から来た道の方角を眺めてみました。


18_D70_3942.jpg18 東城本丸の様子。そんなに広くはありません。


19_D70_3945.jpg19 石碑


20_D70_3962.jpg20 本丸の北側の階段状の帯曲輪を降りていくと井戸が見えてきます。


21_D70_3994.jpg21 千畳敷まで戻り、千畳敷の北側には二の丸跡があり横地神社が祀られています。


22_D70_4001.jpg22 二の丸跡の南側には明瞭な空堀が巡っています。


23_D70_4007.jpg23 東側の空堀


24_D70_4014.jpg24 こちらは西側の空堀。個人的には横地城一番の見どころと思います。


25_D70_4020.jpg25 二の丸最高部祀られている横地神社


26_D70_4030.jpg26 二の丸西側の切岸。この鋭い切岸を登るのは難しいですね。


場 所

最後まで見て頂きましてありがとうございましたm(_ _)m

スポンサーサイト

寺部城(愛知県)思い出の名古屋勤務シリーズ 

久しぶりの名古屋勤務でのお城紹介。今回は名鉄・蒲郡線、西尾線を利用した愛知県西尾市近辺のお城ご紹介します。蒲郡線は海沿いを走るのどかなローカル線でのんびりとお城めぐりができます。


この日は、片原城、寺部城、東条城、西尾城を巡ってきましたが、その中から、まずは寺部城をご紹介します。
寺部城は、築城時期、築城者はわかっていないようですが、永正11年(1514)に小笠原定政がそれまで寺部城を守っていた早川三郎を倒し、以後、寺部城の城主となったとされています。永禄の初期までは今川氏に従っていましたが、以後、徳川方となり、天正18年(1590)の徳川家康の関東移封に従って小笠原氏も上総国に領地を賜ったため、関東へ移り、寺部城は廃城となりました。
三河湾を眺める標高訳30mの丘陵上に築かれ、深い空堀や曲輪、土塁などが見どころとなっています。


ちなみに、「小笠原諸島」は文禄2年(1592)に小笠原貞頼が徳川家康の許しを得て渡海し、発見したことに因んで名づけられたものと伝えられています。文禄2年は徳川家康の関東移封後になるので、渡海したのはこの寺部城からではなく上総国からではないかと考えられます。
小笠原氏といえば、甲斐源氏の流れをくむ山梨県に勢力を持っていた小笠原氏が有名ですが、その諸流なのでしょうか。

①D70_0306 ①名鉄・西幡豆駅。寺部城は西幡豆駅から歩いて15分程の場所にあります。



②D70_0195 ②登城口は写真の北側と住宅地の中を通る南側の少なくとも二か所あるようですが、北側の登城口から登城します。


③D70_0197 ③階段を上ります。



④D70_0201 ④階段を登りきると堀底に到着。寺部城は公園化されていますが、左側の曲輪はミカン畑になっていて勝手に入ることはできないようです。



⑤D70_0210 ⑤更に進むと木橋が設置されていました。あくまで散策用の木橋でしょう。城の南側へ回り込み、二の丸に向かいます。



⑥D70_0221 ⑥二の丸の南西角付近。二の丸といっても小屋を一棟建てるぐらいのわずかな広さしかありません。



⑦D70_0225 ⑦二の丸から東側を眺めてみました。写真左上が本丸です。気持ちのいいぐらいにきれいに整備されています。階段状の曲輪が美しいと思います。



⑧D70_0234 ⑧二の丸から本丸へ向かいます。



⑨D70_0243 ⑨本丸には祠が祀ってあり、案内板や標柱が設置されています。標柱が悲しそうにやや傾いてはいますが、、、


⑩D70_0256 ⑩本丸の北東側には土塁が残されています。



⑪D70_0258⑪土塁の上に上ってみました。城柵が再現されています。


⑫D70_0247⑫城柵の間から東側を眺めてみました。写真の下は通ってきた堀切です。


⑬D70_0270⑬本丸の様子。写真左側にも本丸が続いていますが、それほど広くはありません。


⑭D70_0265⑭本丸から三河湾の眺め


⑮D70_0285⑮寺部城を後にして、麓にある南側の登城口から出てきました。


⑰D70_0289⑯絵図によると、写真の寺部城南側麓の住宅地は、昔屋敷があったようです。


⑱PC165160⑰寺部城の近くに「寺部の立岩」があります。案内板によると、石工によっても砕くことができなかった岩らしく、太山寺の薬師如来の威光のかかった岩とされ、仏神三宝詣の身を清める場ともいわれているようです。


⑲PC165147⑱名鉄・蒲郡線。三河湾を臨める風光明媚でのどかなローカル線で、城めぐりで乗車した中でも好きな路線の一つです。利用者も少ないようですが、是非とも存続してほしいものです。



絵 図

nawabari_D70_0241.jpg ※現地案内板より転載させて頂いております。



遺構図

nawabari_D70_0240.jpg ※現地案内板より転載させて頂いております。



場 所


最後まで見て頂きましてありがとうございましたm(_ _)m

佐伯城(大分県)③ 

今日3/3は長崎でプロ野球オープン戦 広島-西武戦が開催されるのですが、昨日夕方から雨が降り出し、今日もまだ雨(T_T)


一応、カープファンなのですが、今シーズンの長崎でのカープ戦はこの一戦のみで、福岡での開催も無いようなので、今日はなんとか開催して欲しいのですが、、、


さて、佐伯城の最終回は、北出丸から捨曲輪を経て城下をご紹介致します。


01_D70_0378.jpg ①北出丸から本丸を眺めたところですが、北出丸虎口の石垣の折り重なりと本丸石垣がなかなか美しいと思います。



02_D70_0379.jpg ②妄想膨らむ北出丸の階段



03_D70_0396.jpg ③北出丸の北端部



04_D70_0404.jpg ④北出丸の北端部の石垣



05_D70_0411.jpg ⑤北出丸から本丸方面への眺めは、僕のお気に入りの場所の一つです。



06_D70_0353.jpg ⑥本丸虎口。佐伯城の山城はスペースの問題もあるのか、あまり大きな虎口が無く、守り固くしているようです。



07_D70_0422.jpg ⑦本丸虎口脇の二重櫓があった場所を見上げたところです。



08_D70_0424.jpg ⑧本丸虎口から下った付近。ここからの攻めはちと危ないですね。



09_D70_0428.jpg ⑨捨曲輪。



10_D70_0438.jpg ⑩捨曲輪の北側から本丸北側へ回り込むと、本丸北側から北出丸にかけて曲輪直下の石垣が鑑賞できるので、お見逃しなく。



11_D70_0440.jpg ⑪同じく本丸直下の石垣。



12_D70_0444.jpg ⑫帰りは「独歩碑の道」で下山。「独歩碑の道」は多少回り道するので、最短で登場したい場合は、「登城の道」をお勧めします。



13_D70_0529.jpg ⑬城下の様子。写真左は旧山中邸跡です。残っている屋敷の礎石などを生かして広場として活用しているようです。



14_D70_0509.jpg ⑭旧山中邸跡の山側に山中團右衛門の屋敷跡が整備されています。



15_D70_0512.jpg ⑮屋敷跡全景。この付近は佐伯藩の上級武士の屋敷が立ち並んでいたようです。



16_D70_0517.jpg ⑯石碑



17_D70_0519.jpg ⑰山中團右衛門の屋敷の石垣。



18_D70_0535.jpg ⑱立派な櫓門。



19_D70_0533.jpg ⑲今は神楽面を作る工房となっているようです。



20_D70_0538.jpg ⑳城下町によくみかけるクランクしている道。



鳥瞰図
SAIKI_CYOUKANZU_D70_0067.jpg 


場 所

最後まで見て頂きましてありがとうございましたm(_ _)m

長野城(福岡県北九州市) 

2月なのに暖かいですねぇ、だいたい僕の冬場の城攻めは暗いうちから出発するので、楽しい城攻めとはいえ寒い朝は辛いので、ありがたくはあるのですが、、、ただ、温暖化の影響が心配ではあります。


2/16に福岡県の北九州市にある長野城に登城してきました。
ただ、いつもはだいたい一人なのですが、今回はスマホアプリの「ニッポン城めぐり」の九州オフ会のメンバーと一緒に参陣!
今回は九州のメンバーに加えて、関西、関東、中国地方など各方面からの参加で総勢28名!
前々回の第三回オフ会に続いて二回目の参加です。
参加させて頂いているオフ会ですが、事前の下見や食事も吟味して選んで頂いていて毎回感謝で一杯なのです。


北九州の城はなかなか登城するチャンスがなくてこれまで登城したのは益富、松尾、秋月くらいで、長野を初め鷹取、松山、花尾などなど名城揃いなのです。


長野城は、北九州市小倉南区の長野地区にある、標高209mの城山山頂の馬蹄形の尾根沿いに築かれています。見どころは日本一と呼ばれる畝状空堀群です。縄張り図を見るとハリネズミのよう。
他のお城同様いつ誰によって作られたかは定かではないようですが、大宰府官人または長野荘の荘官であった長野氏によって造られたとされているようです。


01_D70_1221.jpg 1 オフ会のリーダ氏作の資料と名札。いつもありがとうございますm(_ _)m


02_D70_0906.jpg 2 長野緑地の駐車場に車を停めて、いざ出陣!


03_D70_0908.jpg 3 ガードレールがあるようにこの道は林道のようですが、相当荒れていて普通の車は入れません。


04_D70_0911.jpg 4 しばらく歩くと、登り口を発見。出丸(縄張り図「Ⅴ」)下の登り口のようです。今回は二の丸から登城しますので、ここはスルーします。


05_D70_0924.jpg 5 出丸登り口からしばらく歩くと。二の丸の登り口に到着。竪堀に沿って登ります。


06_D70_0931.jpg 6 少し上ると明瞭な竪堀。二列の竪堀がわかると思います。


07_D70_0947.jpg 7 竪堀を過ぎて尾根沿いを二の丸へ進みます。


08_D70_0949.jpg 8 二の丸付近(縄張り図「D」「Ⅲ」付近)。曲輪が階段状になっています。


09_D70_0951.jpg 9 写真ではよくわかりませんが二の丸からの竪堀


10_D70_0956.jpg 10 二の丸(縄張り図「D」「Ⅲ」)


11_D70_0957.jpg 11 「二の丸」表示板


12_D70_0978.jpg 12 二の丸南側直下の竪堀と土橋


13_D70_0981.jpg 13 連続している竪堀。二の丸から本丸にかけて畝状竪堀が続いていて、斜面はボコボコです。


14_D70_0986.jpg 14 襲い掛かってきそうな妖怪


15_D70_1024.jpg 15 本丸へ到着。ここ長野城は畝状竪堀で有名なのですが案内板が一切ありません。貴重な遺構なのに残念です。


16_D70_1029.jpg 16 土塁跡にも見えますが、崩れた櫓台跡?


17_D70_1065.jpg 17 本丸直下の竪堀。ずーっとつづく竪堀は圧巻!でも、長野城は曲輪がかなり狭くて沢山の兵を収容できそうにないのですが、こんなに沢山竪堀作っても兵が少なくて守れないように思うのですが、、、


18_D70_1081.jpg 18 写真17から斜面を下っていくと今度は横堀。それにしてもしつこいね。


19_D70_1098.jpg 19 写真18の横堀。青線は土塁


20_D70_1110.jpg 20 本丸西側の馬場(推定)付近は比較的明瞭に遺構が残っている場所のひとつです。深い横堀二本と本丸に続く竪堀。ただ、縄張り図(本丸「B」の南西付近)には記載がありません。


21_D70_1117.jpg 21 写真20の横堀を別の場所から撮影。


22_D70_1173.jpg 22 本丸を後にして出丸へ(縄張り図「V」)写真右上が出丸。


23_D70_1203.jpg 23 出丸から北側は階段状の小規模な曲輪が続きます。


24_D70_1214.jpg 24 最後に登城口近くの巨岩。

縄張り図
nagano_jyo.jpg 
※図説 中世城郭事典 第三巻(新人物往来社)P256 より転載させて頂いております。

※クリックすると多少拡大します。




場 所

最後まで見て頂きましてありがとうございました。

佐伯城(大分県)② 

こんにちは。


長崎市では2/19まで中国の旧正月を祝うランタンフェスティバルが開催中です。
街中が赤や黄色の極彩色のランタンで埋め尽くされています。


長崎は昔海外の窓口だったこともあり、華僑の方が多くお住まいで、当時華僑の方々だけで行われていた春節祭が規模を拡大して、今に至っています。

一番寒い時期ですが、よろしければ長崎へおいで下さい。


さて、佐伯城の第二回をお届けします。第二回は二の丸から本丸にかけてご紹介致します。

01_D70_0199.jpg ①西の丸と二の丸を分かつ二の丸渡櫓跡です。名前の通り石垣の上には櫓が渡されていて、往時のものであろう美しい石畳が残されています。



02_D70_0211.jpg ②二の丸から二の丸渡櫓跡を眺めてみました。こんなに折れが斜めになっている虎口は見たことがありません。虎口の幅が狭いので直角には折れなかったのでしょうか。



03_D70_0241.jpg ③二の丸から本丸方面を眺めてみました。



04_D70_0248.jpg ④二の丸と本丸の継ぎ目付近です。写真中央の木が生えているあたりに屋根の付いた廊下橋が渡されていて本丸へ行くことができたようです。その右の階段を下ると、本丸の外曲輪へ出ることができます。



05_D70_0250.jpg ⑤本丸外曲輪へ出る階段付近から本丸石垣を眺めてみました。



06_D70_0269.jpg ⑥廊下橋を南側から眺めたところです。二の丸と本丸の間は石組の堀切になっています。仮に廊下橋が引橋になっていたとしてもジャンプで渡れそうですが。



07_D70_0285.jpg ⑦西出丸東側の石垣。



08_D70_0291.jpg ⑧廊下橋を北側から眺めてみました。



09_D70_0299.jpg ⑨いよいよ堀切を渡って本丸へ。生活感のある狭い階段です。往時はお侍さんが頻繁に行き来したんだろうなぁと妄想が膨らむ階段です。



10_D70_0308.jpg ⑩狭い階段を本丸側から見下ろしてみました。



11_D70_0311.jpg ⑪本丸天守台。往時は三層の天守閣があったとか。



12D70_0316.jpg ⑫同じく天守台を東側から。



13_D70_0320.jpg ⑬天守台の階段。



14_D70_0327.jpg ⑭本丸から北出丸を見下ろしてみました。本丸外曲輪から北出丸へ抜ける食い違いの虎口がよくわかります。



15_D70_0334.jpg ⑮本丸から佐伯市街の眺め



16_D70_0347.jpg ⑯本丸の石垣。往時階段は無かったようで後世に造られたようです。



17_D70_0338.jpg ⑰この石垣は隅がまぁるくなっています。丸いと強さは感じられず柔らかな感じになります。写真は南東の隅です。



18_D70_0342.jpg ⑱そして南側の隅部。まぁるいです。



19_D70_0366.jpg ⑲ありゃ、北西部隅は尖がっています。やはりこちらが威圧感があっていいと思うのですが。



20_D70_0370.jpg ⑳写真⑭で見下ろした本丸外曲輪から北出丸へ抜ける食い違いの虎口の様子です。


鳥瞰図

SAIKI_CYOUKANZU_D70_0067.jpg 



場 所


最後まで見て頂きましてありがとうございました!
| HOME | NEXT

calendar

S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
02« 2019/03 »04

プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳過ぎのオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
PageTop▲