あけましておめでとうございます 

旧年中は山や林や石ばかりの当ブログに迷い込んで頂きありがとうございました。


皆さんがお住まいの裏山には知る人ぞ知る城や砦があって、昔はお殿様?が闊歩していたかもしれないという、この興奮を皆様にお伝えすべく、今年もお城を中心にご紹介していきたいと考えております。


本来は山登りが好きで、山登りのブログ中心になりかけた時期もありましたが、体調が思わしくなく、医者から山登りは控えたほうがよいとのご指示で、やむなく山登りは控え気味です。


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今年も初詣は長崎市内にある山王神社へ。被爆クスノキがあります。


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小学校5年生までは、この山王神社から更に登った坂本町に住んでいたので、この辺りは遊び場でした。


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山王神社の参道には片足鳥居があります。


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息子が引いたおみくじは末吉のようです。


皆さまにとりまして、幸多き一年でありますように。


本年もよろしくお願い致します。


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広島で結婚式 ~その2~ 

こんにちは、広島での結婚式の帰りに山口を観光してきたので、ご紹介します。

前回は、萩の世界遺産 「萩反射炉」と「恵美須ヶ鼻造船所跡」をご紹介しましたが、続いて、「萩城」、「萩城下町」、「松下村塾」と、日本海に沿って西側に移動し、「角島大橋」、「元乃隅稲成神社」をご紹介します。


①DSC_0881
まずは、萩城。関ヶ原の戦いで敗れた後、周防国・長門国の二国に減封された毛利輝元によって慶長9年(1604年)によって築かれました。
背後の指月山にある山城と麓の平城とあわせた平山城となっており、本丸、二の丸、三の丸、詰丸で構成されていました。残念ですが、明治7年(1874)に天守閣、櫓などの建物は全て解体され、現在は石垣と堀等が残されています。


②D70_1673
往時は古写真のように優美な天守閣や櫓が建っていました。


③DSC_0901
天守台横の石垣上から撮影。


④D70_1548
毛利輝元公


⑤D70_1946
次は、松下村塾。吉田松陰が幕末に講義を行った私塾。ここでは身分に関係なく学ぶことができ、伊藤博文や高杉晋作などの幕末の志士を数多く輩出しました。


⑥D70_1952
当時、この八畳の部屋で多くの志士が学んでいたと思うと感慨深いものがあります。


⑦D70_1979
続いて、萩城下町。


⑧D70_1983 
西郷隆盛、大久保利通と並ぶ「維新の三傑」と呼ばれる木戸孝允、別名“桂小五郎”の生家。近くに高杉晋作の生家もあります。


⑨D70_2050
萩を後にして、日本海沿いに西に向かい、長門市にある「元乃隅稲成神社」(もとのすみいなりじんじゃ)を訪れました。たくさんの赤い鳥居が連なる風景が見どころとなっています。

ネットの観光情報では超有名な観光地になっていて、普通車はもちろん大型観光バスも狭い道を通ってくるので、休みの日は渋滞を覚悟しないといけません。僕らは7/24(月)に訪れましたが、第一・二駐車場は満車で5分程度待って入ることができました。


⑩D70_2091 

赤い鳥居よりも、個人的には、この奇岩に目を奪われました。なかなか飽きない風景です。僕の写真の腕ででは十分にお伝えすることができないので、是非ともこの目で確かめてください。


⑪D70_2172

「元乃隅稲成神社」から更に西に行くと、「角島大橋」があります。すっかりコマーシャルで有名になって、こちらも多くの人が訪れます。「元乃隅稲成神社」と比べるとインパクトは少な目です。


⑫D70_2200

角島側から眺めるとこんな景色です。


最後まで見て頂きありがとうございました。<(_ _)>

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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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