平戸 

こんにちは。3連休の方もいらっしゃると思いますが、九州北部は晴れたり、曇ったり、また雨が降ったりで安定しない天気です。


せっかくの3連休なので連休初日に平戸に行ってきました。平戸は会社に入社してしばらくして訪れたのが最後で、かれこれ25年以上ぶりになるかもしれません。


平戸は約400年前にオランダなど西洋との貿易で繁栄した町で、町の至るところに往時の痕跡が残っていて、非常に興味深い町です。


今回の訪問の主な目的は城館で、詳しくはおってご紹介しますが、簡単に平戸をご紹介します。


①D70_5552
①平戸城。最初は安土桃山時代末期、文禄・慶長の役後に松浦鎮信によって築かれたものの、自ら破却されたと伝えられています。太平の世となった江戸時代中期になり、山鹿素行の軍学に基づいて縄張りがされ、再建されています。


②D70_5840
②平戸城天守閣からの眺め。対岸の右端に再建された平戸オランダ商館。写真中央左の山腹に松浦史料博物館が見えます。


③D70_5369
正宗寺。松浦隆信の墓があり、また、正宗寺の背後の山には勝尾獄城があります。


④D70_5460
④松浦史料博物館入口。松浦史料博物館は、平戸藩主松浦家に伝来した資料を収蔵、公開しています。


⑤D70_5452
⑤④番の松浦史料博物館入口の最初の数段の階段を登ったところから左右に通路が造られています。珍しいので撮影してみました。


⑥D70_5870
⑥松浦史料博物館は、博物館に向かって右側から車で登ってくることができます。ただ、道が狭いので車をぶつけないように注意して下さい。写真は駐車場から博物館に向かう通路です。写真中央右手から入場します。


⑦D70_5944
⑦博物館には、鎧兜や籠など当時使用されたものが多数展示されていますが、興味を持ったのが、1700年に作成された「東海道並びに船路の絵図」。九州北部から江戸までの風景や城郭が描かれています。この絵は島原半島を中心に撮影したもので、中央に島原城。その右に雲仙岳。左上になぜか六角形の出島。その下には「鍋島番小屋」と描かれている深堀が描かれています。


⑧D70_5943
⑧次の絵は佐賀県中央部。中央右は佐賀城と思われますが、「龍蔵寺」と書かれています。龍造寺隆信は1584年に沖田畷で敗れ、その後実権は鍋島家に移っていくはずですが、この地図が作成された1700年でも、まだ龍蔵寺となっています。龍蔵寺の左は唐津。呼子や伊万里の名前も見えます。
このように、九州北部から江戸までの様子が描かれていますが、特に城は特徴的に描かれているので、興味を持たれた方は現地でご確認ください。



⑨D70_5598
⑨城下町の様子。新しい建物もありますが、街並み保存の観点から黒を基調にした街づくりに取り組まれているようです。


⑩D70_5601X
⑩珍しい三階建ての建物。


⑪20170107_120443
⑪平戸は港町なのでやはり海産物が名物です。お昼は何にしようかと思案。鯛茶漬けを押しているようですが、一ふじ食堂さんでちゃんぽんを食べることにしました。長崎のちゃんぽんとくらべてやや濃厚。


⑫P1081196
⑫おみやげはカスドース。湖月堂老舗さんのカスドースは皇室献上菓子とのこと。


⑬P1081198
⑬カステラに卵黄をからめて揚げ、グラニュー糖をまぶしたものです。甘いので食べ過ぎに注意してください。


最後まで見て頂きありがとうございました。


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あけましておめでとうございます 

旧年中は山や林や石ばかりの当ブログに迷い込んで頂きありがとうございました。


皆さんがお住まいの裏山には知る人ぞ知る城や砦があって、昔はお殿様?が闊歩していたかもしれないという、この興奮を皆様にお伝えすべく、今年もお城を中心にご紹介していきたいと考えております。


本来は山登りが好きで、山登りのブログ中心になりかけた時期もありましたが、体調が思わしくなく、医者から山登りは控えたほうがよいとのご指示で、やむなく山登りは控え気味です。


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今年も初詣は長崎市内にある山王神社へ。被爆クスノキがあります。


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小学校5年生までは、この山王神社から更に登った坂本町に住んでいたので、この辺りは遊び場でした。


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山王神社の参道には片足鳥居があります。


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息子が引いたおみくじは末吉のようです。


皆さまにとりまして、幸多き一年でありますように。


本年もよろしくお願い致します。


ザック購入 

こんにちは、毎日暑いですが、リオオリンピックも熱いですね。選手の皆さんは悔いのないように完全燃焼してほしいです。
さて、今日は山の日ですね。普段のニュースではめったに取り上げられない山登りの話題が取り上げられたりしてますが、山の日だからというわけではないですが、ザックを購入。
前回は2013/10に購入したようなので3年弱ぶりになります。(前回購入したザックの記事
で、またメーカはカリマーを購入。別にメーカにこだわりはないですが、色々と見て回った結果コレになりました。karrimor タトラ 20。今使っている20Lサイズのザックが既に25年くらい前のもので、そろそろ新しいのが欲しくなりました。昔とは違って、カラーのバリエーションが豊富になりましたね。こんな明るいグリーンなんて昔なかったように記憶しています。


①P8110937 
karrimor(カリマー) タトラ 20


②P8110939
デイパックより一回り大きいぐらいのサイズなのですが、ショルダーストラップもしっかりしてるし、ヒップベルトもあるうえ、ヒップペルトに小物入れがついているのも気に入りました。
全体的にしっかりと、機能的に作られているように感じました。ただ、実際に荷物を入れて山に登ってみないと実際の評価はできませんね。

③P8110947
長いことお世話になったマジックマウンテンさんのザックです。出番は少なくなると思いますが、必要に応じてまだまだ使うつもりです。


④P8070733x 

で、先週日曜日に長崎市鳴滝近辺の低山(というか城めぐりですけど、)に出かけてきました。

長崎市中心部は昔、長崎氏という豪族が治めていたところで、一部遺構が残されています。桜馬場城があった城古趾(しろのこし)、焼山城のあった八気山、そして、蛍茶屋公園そばにある武功山尾根突端砦(むこうやまおねとったんとりで)の三か所に行ってきましたので、簡単に気山のみご紹介したいと思います。

写真は城古趾から撮影した八気山です(赤い矢印)。中央のグラウンドは片淵中学校。


⑤P8070738x 

片淵中学校の脇の道路を通り、赤い線を通って気山へ登ります。


⑥P8070742
前の写真の通り入っていくとすぐに「由来碑」という石碑と祠(由来碑によると法界塔と呼ぶようです)があります。
由来碑によると、昔この地がキリシタン領であったころ、反キリシタンの人たちがこの長崎氏の居城に再三攻め、多くの犠牲者があったため、その人たちの慰霊のため法界塔を建立したとあります。

⑦P8070745
由来碑の周りには畑があり、畑の中を登ります。


⑧P8070830
畑を登りあがったところからの景色。中央の木々でこんもりした山が城古趾です。城古趾に隠れていますが、その奥が長崎港です。


⑨P8070758x 
前の写真と同じ場所ですが、この写真は山側を写したものです。烽火山に行く際に通る道なんですが、青い線は烽火山へ、赤い線が気山へ登る道です。


⑩P8070759
ところどころに石積みが見られます。長崎では山の中腹まで畑地が作らていて、石を積んで段々畑にしていた様子が山々でよく見られます。ただ、写真の石積みの上は
斜面になっているので畑地ではないように見えますが。もしかして、城の遺構でしょうか?


⑪P8070791

気山の山頂は木々に隠れて眺望は望めません。


場所は下図の通りです。
A:城古趾
B:八気山
C:武功山尾根突端砦


最後まで見て頂きありがとうございました。


広島で結婚式 ~その2~ 

こんにちは、広島での結婚式の帰りに山口を観光してきたので、ご紹介します。

前回は、萩の世界遺産 「萩反射炉」と「恵美須ヶ鼻造船所跡」をご紹介しましたが、続いて、「萩城」、「萩城下町」、「松下村塾」と、日本海に沿って西側に移動し、「角島大橋」、「元乃隅稲成神社」をご紹介します。


①DSC_0881
まずは、萩城。関ヶ原の戦いで敗れた後、周防国・長門国の二国に減封された毛利輝元によって慶長9年(1604年)によって築かれました。
背後の指月山にある山城と麓の平城とあわせた平山城となっており、本丸、二の丸、三の丸、詰丸で構成されていました。残念ですが、明治7年(1874)に天守閣、櫓などの建物は全て解体され、現在は石垣と堀等が残されています。


②D70_1673
往時は古写真のように優美な天守閣や櫓が建っていました。


③DSC_0901
天守台横の石垣上から撮影。


④D70_1548
毛利輝元公


⑤D70_1946
次は、松下村塾。吉田松陰が幕末に講義を行った私塾。ここでは身分に関係なく学ぶことができ、伊藤博文や高杉晋作などの幕末の志士を数多く輩出しました。


⑥D70_1952
当時、この八畳の部屋で多くの志士が学んでいたと思うと感慨深いものがあります。


⑦D70_1979
続いて、萩城下町。


⑧D70_1983 
西郷隆盛、大久保利通と並ぶ「維新の三傑」と呼ばれる木戸孝允、別名“桂小五郎”の生家。近くに高杉晋作の生家もあります。


⑨D70_2050
萩を後にして、日本海沿いに西に向かい、長門市にある「元乃隅稲成神社」(もとのすみいなりじんじゃ)を訪れました。たくさんの赤い鳥居が連なる風景が見どころとなっています。

ネットの観光情報では超有名な観光地になっていて、普通車はもちろん大型観光バスも狭い道を通ってくるので、休みの日は渋滞を覚悟しないといけません。僕らは7/24(月)に訪れましたが、第一・二駐車場は満車で5分程度待って入ることができました。


⑩D70_2091 

赤い鳥居よりも、個人的には、この奇岩に目を奪われました。なかなか飽きない風景です。僕の写真の腕ででは十分にお伝えすることができないので、是非ともこの目で確かめてください。


⑪D70_2172

「元乃隅稲成神社」から更に西に行くと、「角島大橋」があります。すっかりコマーシャルで有名になって、こちらも多くの人が訪れます。「元乃隅稲成神社」と比べるとインパクトは少な目です。


⑫D70_2200

角島側から眺めるとこんな景色です。


最後まで見て頂きありがとうございました。<(_ _)>

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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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