苗木城(岐阜県中津川市) その3 <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、長崎から名古屋に来て大体3か月。休日出勤の無い週末は土曜日にお出かけ、日曜日は休養日といったリズムが定着しつつあります。

で、名古屋の方と話してたら「関宿は、いいよぉ~」とのことでしたので、昨日土曜日は三重県伊賀・亀山方面におでかけしてきました。関宿はもちろん、伊賀市の伊賀上野城、亀山市の鹿伏兎城(かぶとじょう)と関宿近くの新所城(しんじょじょう)に登城。新所城は毎度の事前調査不足で1/3程度しか鑑賞できず、正法寺山荘と併せてまた来なければ。

さて、苗木城の最終回は本丸を降り、二ノ丸から本丸直下を一周して、駈門、北門を鑑賞して下山します。

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01 本丸を降り二の丸を散策します。写真は的場跡。本丸直下にもありましたが、二の丸にも設けられていたようです。
また、二ノ丸には御殿が建っていたのですが、どういうわけか見逃してしまったようで残念!

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02 不明門。二階建ての門が建っていたようで、普段は締め切られていたようです。

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03 不明門を外から眺めたところです。幅が狭いです。不明門から外に続く道は藪化してよくわかりませんでした。

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04 八大竜王社。隣の巨石が気になります。八大竜王社は往時のものでなく、明治以降に移設されたものとのこと。すぐ近くに清水門があります。

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05 本丸下をぐるりと一周します。八大竜王社を更に進むと、階段状の石積がみられます。おそらく倉庫代わりの櫓が建てられていたものと思われます。

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06 牢屋跡。写真05の場所からぐるりと牢屋跡までいけそうだったのですが、よくわからず、一旦本丸直下の的場跡へ出て、牢屋跡に至ります。写真の岩の上に建てられていたとのこと。

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07 苗木城唯一の牢屋で、明治初年に起きた苗木藩の政争で多くの武士が収監されたようです。


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08 駈門。かける門と読むようで最初は読めませんでした^^; 意味を調べてみると、「馬にむちをあてて走らせる」ということなので、急ぎの時には、この門から馬を走らせたのでしょうか。見ての通り桝形の立派な門です。この門が大手ではないかと思わせます。

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09 駈門の石垣。崩れていますが、往時は立派な櫓門が設けられていたと思います。

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10 駈門を外から眺めてみました。城下町は風吹門の方向なので、大手は風吹門だと思うのですが、それにしても立派な門です。


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11 駈門を下ると竹門があります。この竹門を通らず、右折して北門からも入城できるようです。

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12 竹門は二か所目です。門が竹で作られていたようです。

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13 礎石も残されています。北門へ向かいます。

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14 北門を外から眺めてみました。

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15 北門。

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16 風吹門からみて北側にあったので北門らしいです。城全体から見ても北側に位置しています。絵図の通り簡素な作りで、門番はいなかったようです。この北門を抜けても風吹門が待っているので、門番は不要だったようです。


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17 北門を過ぎると、大矢倉下に至ります。大矢倉の石垣で苗木城はお別れです。

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18 帰りは苗木バス停からバスで中津川駅に戻ります。苗木バス停は苗木遠山史料館から歩いて20分程度です。途中城下町を通るので、古い建物も鑑賞しながらバス停に向かうと良いと思います。中津川駅行きのバスは概ね30分から1時間半に1本程度です。15分程度で中津川駅に着き、料金は390円でした。苗木バス停を地図に記載しておきましたのでご参考にされてください。

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19 苗木遠山史料館から苗木バス停までに古い建物が見られます。なまこ壁の蔵ですが、江戸後期以降の建築でしょうね。

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20 説明板によると、「旧苗木藩主遠山家の近代の屋敷です。明治以降、遠山家は華族として東京へ移られましたが、明治二十二年に苗木に戻られました。その後は、旧家臣らの助力を得て、明治末~大正元年に建築されたものです。」とあります。

苗木城の場所

最後まで見て頂きありがとうございました。
次回は岩村城の予定です。

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苗木城(岐阜県中津川市) その2 <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、今週末はいい天気になりました♪ 昨日はトヨタ自動車の町豊田市へ行ってきました。もちろん行先は城なんですが、愛知県で二か所指定されている重要伝統的建造物群保存地区の一つ「足助」も併せて訪問させて頂きました。足助の町は、塩を信州へ運んだ伊那街道の宿場町で、古い家並みが残されています。
今回の楽しみは大給城(おぎゅうじょう)と足助城(あすけじょう)。大給城の見どころは水の手曲輪と呼ばれる大規模な取水施設。主な目的は水の確保だと思いますが、神籠石山城にあるような石積の水門もあり、この施設だけでも行く価値があると思いました。
足助城は、発掘調査に基づき建物や門などの復元がされている数少ない戦国時代の山城です。

さて、前回に続いて苗木城の第二回は坂下門から。いよいよ本丸への登城です。


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01 坂下門。手前の礎石もしっかり残っています。その先の登城道左はちょっとした倉庫を建ててもよさそうです。

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02 菱櫓門。坂下門からちょっと歩くとまた門が。門が多くて防備が厳重です。本丸へはジグザクに登りますが、姫路城の「はの門」や「にの門」あたりも確か複数の門に狭い道をジグザグに登って登城したような。


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03 菱櫓門のすぐ先は折り返しになっています。

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04 折り返しを登ると本丸石垣と千石井戸が現れます。真直ぐ行くと天守方面へ、左へは的場跡へ行けます。

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05 千石井戸。

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06 苗木城内の井戸で一番高いところにあり、どんな日照りでも水が枯れることはなかったとのこと。


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07 的場跡。写真奥に土を盛っていて弓や鉄砲の的にしたのでしょうか。

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08 本丸口門。文字通りここからが本丸。

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09 武器蔵、具足蔵。

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10 礎石、縁石は往時のままとのこと。


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11 武器蔵を過ぎると左上の頭上に天守台が現れます。天守台下に登城道が見えていますが帰りに利用します。行きは南側(写真右方面)の馬洗石から登城します。

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12 写真11番からすぐのところに三つの分かれ道。左へは玄関口門へ(写真11番の登城道へ)、中央は馬洗石を経由して天守台へ、右は笠置矢倉へ。笠置矢倉へ行ってみます。

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13 笠置矢倉。写真奥に天守台が見えます。

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14 笠置矢倉からの眺め。概ね西側の景色です。

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15 笠置矢倉を後にして、天守台へ向かいます。左の巨石が馬洗岩です。かつて苗木城が敵に攻められ敵に水の手を切られた時に、この岩の上に馬を乗せ、米にて馬を洗い、水が豊富であるかのように敵を欺いたことが名前の由来とのこと。米を使って水があるかのように見せるのは、多くの城で残されていますね。
中央の階段で天守台に向かいます。

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16 写真15番から階段を上るともうすぐ天守台です。自然石を利用しながらきれいに石を組んでいます。大手にあるような大きな虎口もいいんですが、僕は裏口にあたる通常の生活のにおいがするような虎口も好きなのです。


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17 左は天守台。木組みで展望台が設えられています。

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18 天守台からの眺め。写真中央の木曽川と奥のほうには南アルプスが見てえいるのでしょうか。

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19 本丸から眺めた大矢倉を眺めてみました。


「苗木城 その3」に続きます

苗木城の場所

最後まで見て頂きありがとございました。

苗木城(岐阜県中津川市) その1 <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、せっかくの三連休ですがあいにくの雨ですね。滋賀・京都に観光の予定だったのですが中止やむなしです。

さて、9月に入って念願の苗木城、岩村城に登城してきました。何れも天守や櫓は無いものの、石垣がすばらしく、改変が少ない往時の雰囲気を残す、すばらしい山城です。
まずは苗木城からの紹介になりますが、見どころが多く3回シリーズとなりますので、よろしければお付き合いください。

苗木城は、天文年間(1532年~1555年)に遠山三人衆の一人遠山直廉(なおかど)の時代に築城されたと伝えられています。
直廉の養子の友忠は織田、豊臣、徳川の勢力争いに巻き込まれ、天正10年(1582年)に森長可より攻められ落城、川尻秀隆が入城ししましたが、関ケ原で東軍に与した友忠とその子の友政が苗木城を取り返し、その後12代に渡り苗木を治めました。


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01 大矢倉から本丸への眺めです。写真奥の高台が本丸。

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02 中津川駅前。マイカーがないので公共交通機関での登城になります。中津川駅から苗木城の登城口となる苗木遠山資料館までタクシーで移動することにしました。所用時間は大体10分程度で2310円かかりました。帰りはバスの予定です。

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03 苗木遠山資料館。まだ8時前後だったのでまだ空いていませんでした。車でこられる方はここ資料館にも停められますが、更に登り竹門手前の駐車場も台数が少ないものの駐車可能です。

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04 竹門手前にある倉庫の側面に描かれている案内板。

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05 竹門傍そばに設置されている石碑。

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06 竹門正面。

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07 竹門を過ぎると真っ直ぐな登城道。石畳は往時のものか不明ですが雰囲気があります。右側は足軽長屋跡へ。

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08 途中にある大岩と石垣

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09 風吹門。門の周りには櫓があったんだろうなと想像膨らませながら登ります。

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10 風吹門を外から向かって左側の石垣。立体的な石垣の構図が美しいと思います。

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11 大矢倉。城の北側や風吹門の防備のために高い石垣が組まれています。

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12 大矢倉の階段を登り上がったところです。

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13 大矢倉の石垣最上段。向こう側に天守台が写っています。左下は大矢倉の穴蔵。

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14 奥に写っているのは風吹門の石垣。きっと櫓が建てられていたのでしょう。

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15 石碑。

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16 大門。文字通り城内で最大の門と言われています。

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17 大門を抜けると二ノ丸に至ります。中央の石垣の上には朱印状など収める御朱印蔵があったとされています。

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18 綿蔵門。本丸に至ります。写真右下わずかに写っているのは二の丸。

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19 綿蔵門の説明板。門の二階には真綿を保管していたとのこと。

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20 綿蔵門の礎石。苗木城は門の礎石が良好に残っています。礎石があれば、どんな門が建っていたのか想像するのも楽しいものです。

 「苗木城 その2」に続きます

苗木城の場所

最後まで見て頂きありがとございました。

加納城(岐阜県岐阜市) <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、まだまだ暑いですねぇ、先週からまた暑さが戻ってきた感じですが、めげずに名古屋出張シリーズの第二回は加納城。

名古屋出張といいながら目が岐阜方面に向いてしまい、先週は岐阜城、加納城、大垣城、そして一昨日から映画が公開された「関ケ原」へ。

加納城は、文安2年(1445年)に土岐氏の家臣・斎藤利永によって沓井城として築城され、天文7年(1538年)には廃城されたと伝えられています。
関ヶ原合戦の後、破却された岐阜城に変わり、慶長7年(1602年)に天下普請として築城し、徳川家康の義理の息子である奥平氏が入城しています。その後、大久保忠職、戸田光重など城主は変わり、宝暦5年(1755年)に永井信陳が加納藩主となり、明治維新まで代々永井氏の居城となっています。


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加納城本丸

①D70_0109
①現在加納城は公園となっていて市民の憩いの場所になっているようです。けっこう緑が多いので、夏休み中の子供達は両親と昆虫観察をしている姿がチラホラ。


②D70_0111
②昔の加納城の様子。①の図と比較して頂くと、現在の遺構は本丸のみですが、往時は二ノ丸、三の丸を持ち、二重の水堀を持つ大きな城であったことがわかります。


③D70_0112
③まず北側の入口から入りますが、往時はここに入口はありません。


④D70_0113
④本丸の様子。往時は御殿や櫓があったと思われますが、明治の廃城令で破却されたようです。


⑤D70_0124
⑤本丸を取り囲む土塁は高さもあり見事です。一部ロープが張っていて立入禁止になっていました、残念!


⑥D70_0126
⑥この写真も正面と左側に立派な土塁が写っています。


⑦D70_0131
⑦本丸中央部


⑧D70_0151
⑧南東側の石垣の様子。往時中央の広場は堀で、水が湛えられていたと思いますが、埋められてしまったようです。


⑨D70_0158
⑨同じく南東付近の石垣の様子。堀が埋められているので、往時石垣の高さはもっと高かったはずです。


⑩D70_0185
⑩南西隅の石垣。積み方は粗く、野面積で積んでいるようです。


⑪D70_0181
⑪南側の門に出てきました。この門は臆病門と呼ばれ、往時は水堀の上に木橋が架けられていたようです。



所在地

最後まで見て頂きありがとうございました。

犬山城 <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、毎日暑いですねぇ~、僕は7月から名古屋で仕事をすることになりました。休日も出勤が多そうな感じなんですが、7月23日は休めたので、名古屋出張シリーズの第一弾は犬山城へ。

名古屋に来たので、普通は名古屋城から攻めるところですが、近くなのでいつでいけるだろうということで、犬山城から攻めることにしました。僕は建物も好きなので、城下町や織田有楽斎作の茶室・如庵も楽しみなのです。

犬山城は、1537年に織田信長の叔父信康によって築城され、江戸時代、尾張藩の付家老である成瀬正成が入って以来、成瀬氏九代の居城です。
北に木曽川、南に城下町を取り込んだ惣構をもつ守りに固い縄張り、また、二重櫓に望楼を載せた古式かつ優美な天守は数少ない現存国宝天守の一つです。


①P7231886
①木曽川沿いの北東からの眺め。木曽川に面する北側は断崖になっていて、攻めるのは困難ですね。
②P7231603
②メインストリートの本町通りからの眺め。

③P7231615
③本町通りを真っ直ぐ突っ切って、神社を通っていくと近いようですが、ここは往時を偲びながら、中御門を通って登城します。古図によると、この辺りに中御門があり、右側は堀があるようですが、この近辺は神社の造成によって改変されたのでしょうか。

④P7231624
④さらに登っていくと、この先に黒門跡あります。黒門の手前はクランクになっていて、簡単には入れてくれませんね。奥の石垣と右の石垣に櫓を渡して櫓門にしてもよさそうですが、絵図には何も書かれていません。

⑤P7231626
⑤写真④の左下にある横堀です。

⑥P7231633
⑥黒門の礎石。こういう配慮はうれしいですね。少しは往時をイメージできます。

⑦P7231636
⑦大手道。大手道の左右には杉の丸、桐の丸、樅の丸が配置されています。

⑧P7231648
⑧大手道を登りきると本丸鉄門が見えてきます。また、写っていませんが、写真右手にはチケット売り場があります。

⑨P7231647
⑨今回は名古屋-犬山間の名鉄の往復乗車券とセットになった、「犬山城下町きっぷ」を利用。


⑩P7231760
⑩本丸に入ると、天守が目の前に。

⑪P7231723
⑪天守最上階廻縁から木曽川の上流側を眺めてみました。

⑫P7231738
⑫天守を後にして、本丸内を散策。僕のお気に入りはこの七曲門跡。

⑬P7231740
⑬七曲門を本丸から外に向けて撮影。観光客の多い犬山城にあってもこの近辺は人影はまばら。門の外にはベンチもあります。

⑭P7231742
⑭門の礎石は左右両方とも残っていました。

⑮P7231744
⑮七曲門を外から本丸に向かって左側の隅石。

⑯P7231745
⑯こちらは右側。

⑰P7231746
⑰外から本丸内を見たところです。実際の門は無いものの、往時の石垣と思われる遺構が残っていて、あまり手を加えていないところがいいです。

⑱P7231754
⑱階段

⑲P7231747
⑲七曲門を抜けると、写真の七曲道を通って降りることができるようですが、立入禁止になっています。残念!

⑳P7231767
⑳天守を見上げてみました。

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21 本丸東側の多聞櫓があった場所。

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22 弓矢櫓があった場所。

P7231579.jpg
城下町の様子1
古い町屋を喫茶店にしています。おしゃれですね。

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城下町の様子2
犬山の城下町はエアコンの室外機を見えないように木枠で囲ったり、自動販売機も色を街並みに合わせたりと、町の景観に配慮した街づくりを進めているようです。この日は犬山城への登城待ち時間は無かったようですが、それでも、メインストリートには、美しい町並みを求めて多くの観光客が訪れていました。

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国宝の茶室・如庵。茶室の内部は撮影禁止です。

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お茶も頂きました。

犬山城は有名観光地ということもあって、登城道がコンクリートで整備され、また危険個所は立入禁止になっていたりと、遺構が残されていない場所や見れない場所があって、残念なところもありましたが、それを上回る、優美な天守に木曽川沿いから眺める犬山城は素晴らしいと感じました。

場 所

最後まで見て頂きありがとうございました。

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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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