石垣の美 志布志城【松尾城】 (鹿児島県) 

先週木・金曜日は名古屋、神戸出張。ハードな出張で少々体調を崩してしまい、せっかくの3連休も体調回復のため、どこも行かずじまいとなりそうです。

さて、7月末の鹿児島訪問の続きですが、今回は志布志城。

志布志は志布志湾に注ぐ河口に開かれた中世からの港町です。良港に加えて中国との地理的な近さから、交易で得られる莫大な利益や文明の流入する港ということで、志布志は有力者の争いの場となっていたようです。志布志城の築城時期は明らかになっていないものの、南北朝期には城が存在していたとされており、以後四百年ほどの間にわたり、畠山氏、新納氏、肝付氏、島津氏などの間でその領有をめぐる争奪戦があったとのことです。最終的には天正5年(1577)に島津氏の支城となり、一国一城令の時に廃城になったと伝えられています。

志布志城は、内城、松尾城、高城、新城の四つの城郭の総称で、内城が最も規模の大きい主城となっています。今回は時間の都合で松尾城と内城のみの登城となりました。

まずは、松尾城からご紹介します。

shibushi_map.jpg
志布志の町は、志布志城の麓に城下町が形成され、武家屋敷や庭園、由緒ある神社仏閣など見所多い町です。
案内板上部の赤枠が松尾城、その右隣が内城です。(クリックすると拡大します)

①DSC_8957
①松尾城の入口。武家屋敷の通りに面しているので入口はすぐに見つかります。

②DSC_8960
②入口すぐの横堀。シラス台地を刻む浸食谷を利用したものですが、鹿児島を除くとこんなほぼ垂直のお堀はほとんどお目にかかれなない貴重な遺構です。

③DSC_8963
③更に進みます。この季節、藪蚊で山城の攻略は難しいのですが、きれいに藪を掃って頂いていて感謝です。

④DSC_8966
④③の地点から来た道を振り返ったところです。来た道は右側。左側にも道があって別の曲輪に通じているようです。

⑤DSC_8967
⑤さらに③付近から右を見たところです。切通しになっています。

⑥DSC_8969
⑥更に進みます。

⑦DSC_8970
⑦また更に進みます。

⑧DSC_8973
⑧少々開けた場所に着きました。

⑨DSC_8975
⑨足元に目を移すと礎石が二個。往時の遺構かどうかは判別できませんが、松尾城の頂上部の曲輪には祠が祀られているので、関連するものかもしれません。それにしても、礎石の間隔が中途半端で用途不明です。

⑩DSC_8976
⑩左側の礎石。

⑪DSC_8977
⑪右側の礎石。

⑫DSC_9013
⑫中央の階段を登ると頂上部の曲輪に到達します。

⑬DSC_9011
⑬頂上部までもう一息。

⑭DSC_8982
⑭丸太の階段の右端には切石が埋められています。

⑮DSC_8985
⑮頂上部付近は石垣が積まれています。左下には⑨~⑪と同じ礎石がみられます。礎石が木の生長に伴い押し出されている様子をみると近年のものではなさそうです。

⑯DSC_8987
⑯こちらにも。

⑰DSC_8990
⑰頂上部の曲輪への虎口

⑱DSC_8996
⑱頂上部の曲輪の様子。祠が祀られています。その奥には土塁で囲われている様子がわかります。松尾城が初期の志布志城の拠点だったとのことですが、この通りあまり広くなく、手狭になったため内城に移った可能性も考えられます。

DSC05286.jpg
(おまけ1)
桜島フェリーからの桜島の姿。

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(おまけ2)
しろくま。長崎には普通にありますが、関西や関東にはあるんですかね?

DSC05327.jpg
(おまけ3)
しろくまの中。かき氷の練乳かけにフルーツや豆類がのっています。

DSC05448.jpg
(おまけ4)
さつま芋ぼうろ。「丸ぼうろ」というのはよく聞きますが、「芋ぼうろ」というお菓子は初めてです。

最後まで見て頂きありがとうございました。
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石垣の美 栗野城(鹿児島県) 

今年度、自治会の役員をやっているのですが、今日はご近所のおじいちゃん、おばあちゃんにお集まり頂いて敬老祝賀会を開催しました。沢山の経験をされているので、面白い話を肴に一杯やりなら楽しい集まりとなりました。

さて、7月末に鹿児島に用事があったので、栗野城、志布志城、鹿児島城に登城してきました。まずは、栗野城からご紹介したいと思います。古文書によると栗野城は南北朝時代に遡ります。天正18年に島津義弘が飯野城から入城、帖佐館に移るまでの5年間ここ栗野城を居城としていました。文禄元年の朝鮮出兵の際はここ栗野城から出陣したと伝えられています。

栗野城は川内川に面した台地に、本丸、二の丸、新城、八幡が城など広範囲の曲輪が配置されていて見所多いお城ですが、今回は時間の都合で登城できたのは、本丸と二の丸のみとなりました。現在は城山公園として整備されています。

①DSC_8779
冠木門。往時のものを再現しているわけでは無いと思いますが、あるのと無いのでは、気分の盛り上がりが当然違います。

②DSC_8808
本丸虎口へ続く階段。

③DSC_8786
栗野城の一番の見所、本丸枡形虎口です。南九州の山城では珍しく野面積みの石垣作りで、ほぼ往時の形を留めているそうです。

④DSC_8788
武者溜の石垣。なかなか立派な石垣です。公園として整備しているので致し方ないのですが、左下の階段がきれいに作られているので、往時の様子に思いをめぐらすのにに少々ブレーキがかかります。

⑤DSC_8790
枡形虎口の折れ曲がりの様子。

⑥DSC_8802
栗野城の石碑。石碑には松尾城と書いてあり、正式には松尾城と呼ぶのでしょう。

⑦DSC_8798
本丸の様子。本丸内部が見えないようにツツジ科の常緑樹が本丸を取り囲むように植えられています。

⑧DSC_8809
本丸南側の石垣の様子。石垣は本丸入口付近にしか残っていないようです。

⑨DSC_8811
二の丸へ至る道

⑩DSC_8813
本丸と二の丸を分ける堀切。かなり深い堀です。

⑪DSC_8815
二の丸へ至る階段

⑫DSC_8828
二の丸の様子。

⑬DSC_8840
本丸南側にある研屋敷丸。

⑭DSC_8885
霧島神宮にも寄ってきました。

⑮DSC_8890
国家に詠まれている「さざれ石」です。ここ霧島神宮にあるとは知りませんでした。

⑯DSC05452
最後は鹿児島のおみやげ「げたんは」。下駄の歯に似ていることから名づけられています。黒棒よりやわらかくて、うちのオヤジには好評でした。

以上、最後まで見て頂きありがとうございました。
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しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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