石垣の美 隈部氏館(熊本県) 

明日から11月。すっかり寒くなり、おせちの予約のチラシを見かけると、お正月も近いなぁと感じる今日この頃です。

さて、九州中部のお城めぐり第4回は「隈部氏館」です。熊本県北部、福岡県との県境に近い熊本県山鹿市菊鹿町にあります。温泉も知られたところで、併せて楽しまれるとよいと思います。
隈部氏館は、山鹿市菊鹿町上永野の標高345mほどの山腹にあり、前回の田中城同様、国指定史跡に指定されていることから、案内板が設置され、駐車場も整備されているため、容易に登城することができす。

隈部氏は、戦国時代末期に山鹿、菊池を支配していた肥後の有力国人で、佐々成政の強引な支配に対して反乱を起こした肥後国衆一揆により滅ぼされてしまいました。


①D70_2950_150501_3048
①周辺地形図(クリックすると少々拡大します)。主郭下部に枡形虎口があり、土橋を通って、(伝)馬屋跡に至ります。(伝)馬屋跡は馬出に見えます。近世城郭のようなつくり。ここが見所です。

②D70_2952_150501_3050
②①の周辺地形図では、「現在地」付近。(伝)馬屋跡の南端です。馬出に見えた(伝)馬屋跡ですが、馬出はこの位置に虎口は普通無いですね。

③D70_2953_150501_3051
③(伝)馬屋跡中心部。

④D70_2955_150501_3053
④(伝)馬屋跡外周部には、低いながらも石垣が配されています。

⑤D70_2962_150501_3060
⑤こちらにも

⑥D70_2963_150501_3061
⑥ここにも

⑦D70_2978_150501_3076
⑦土橋脇の空堀。5メートル近くの深さがありそうです。

⑧D70_2981_150501_3079
⑧一番の見所の枡形虎口。攻めにくいように折れています。

⑨D70_2992_150501_3090
⑨この桝形虎口は右に折れています。

⑩D70_2984_150501_3082
⑩折れの左側はこのとおり。左側は少し窪んでいます。あんまりこのような窪みがある枡形は見たことがありません。珍しいです。

⑪D70_2989_150501_3087
⑪窪み部分の全体。

⑫D70_3011_150501_3109
⑫枡形虎口全景。

⑬D70_3063_150501_3161
⑬主郭へ入ります。隈部神社があるため鳥居が建てられています。

⑭D70_3014_150501_3112
⑭主郭。建物三棟に加えて庭園が造られていたと考えられています。

⑮D70_3042_150501_3140
⑮主郭北部の堀切。

⑯D70_3039_150501_3137
⑯主郭を高台から眺めたところ。

⑰D70_3026_150501_3124
⑰隈部氏館からの眺め。

最後まで見て頂きありがとうございました。
次回は鞠智城(きくちじょう)。7世紀後半(約1300年前)に白村江(はくすきのえ)の戦いでの大敗を機に築かれた山城です。
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滅びの美 田中城(熊本県) 

だんだん肌寒くなってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
長崎では秋の大祭「おくんち」が終わり、冬支度といったところでしょうか。今年のおくんちは、土日祝日にかからなかったので、平日になかなか休めない僕は結局いけずじまいでした。

さて、九州中部のお城めぐり第三回は「田中城」。福岡県との県境に近い熊本県玉名市にあります。
国指定史跡に指定されていることもあって、案内板がきちんと整備され、草木もきれいに取り払われていて、快適に登城することができます。
田中城は肥後国衆の一人、和仁(わに)氏の居城で、天正15年、豊臣秀吉から肥後国を与えられた佐々成政の強引な支配に反抗して、反乱を起こした、肥後国衆一揆の舞台となった城です。
田中城は、秀吉1万の大軍に対して、わずか九百人で立てこもり、ついに落城したと伝えられています。

①D70_2841_150501_2939
①田中城から南西に数分の場所にある和仁三兄弟の石像。写真右の丘陵部が田中城です。
県道沿いのこの場所にも駐車場がありますが、城の北側、または主郭内にも駐車場があります。

②D70_2851_150501_2949
②田中城近景。写真左に赤いのぼりが立ててあって、気分が高まります。

③D70_2840_150501_2938
③案内板によると、日本最古の城攻め絵図とのことです。

④D70_2856_150501_2954
④北側駐車場からの田中城。切り立った丘陵地に築城されていて、ちょっと攻めにくいですね。小屋はトイレで、急なもよおしも安心。

⑤D70_2859_150501_2957
⑤北側入り口には立派な石碑。

⑥D70_2861_150501_2959
⑥主郭に設置されている案内板。

⑦D70_2864_150501_2962
⑦主郭全景。植栽に囲まれた場所に建物が建てられていたと考えられています。

⑧D70_2881_150501_2979
⑧主郭の周りには木柵は廻らされています。植栽はたぶん無かったと思いますが、

⑨D70_2882_150501_2980
⑨冠木門(かぶきもん)から、おじゃまします。

⑩D70_2886_150501_2984
⑩主郭内部。植栽のところに建物が建っていたと考えられています。

⑪D70_2885_150501_2983
⑪陶器の説明版。佐賀のお城も陶器のものがありました。

⑫D70_2894_150501_2992
⑫主郭西側斜面の帯郭の様子。

⑬D70_2906_150501_3004
⑬案内板によると監視台とのこと

⑭D70_2869_150501_2967
⑭主郭付近から見下ろした西捨て曲輪と空堀。数メートルは掘り起こしています。

⑮D70_2929_150501_3027
⑮⑭を空堀から眺めたところ。

⑯D70_2931_150501_3029
⑯主郭と西捨て曲輪を分ける空堀(⑭の空堀と同じ場所です)

最後まで見て頂きありがとうございました。<(_ _)>
次回は、隈部氏館です。
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しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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