石垣の美 宇土城(熊本県) 

桜が咲きはじめ、いよいよ春がもうすぐといった感じですが、まだ朝晩寒いですね。
皆さん体調に気を付けてくださいね。
同時に山城のシーズンも終わりに近づきます。これから夏にかけて草木が生い茂り、山城のある低い山に踏み込むのが難しくなる上、遺構が草木に隠れて鑑賞が限られてきます。

今日は今シーズン中にどうしても登城したかった長崎県大村市にある城の尾城に行ってきました。
人があまり踏み込まない山中にあるので遺構の残存状況もよく、石積、竪堀、土橋、堀切など城の構成要素をほぼ残している満足感のある城でした。おってご紹介したいと思いますが、いつになることやらです。

さて、昨年の夏に鹿児島に用事があり、熊本県の宇土城、宇土古城、八代城、人吉城、そして鹿児島県の知覧亀甲城、知覧城へ登城してきましたのでご紹介したいと思います。
ただ、半年も前の登城になるので、季節感の無いブログになりそうですが、ご勘弁ください。

まずは、熊本県にある宇土城から。宇土城といえば、熊本城に移築されたと言われている宇土櫓と、関ケ原で東軍に敗れた小西行長の居城として有名ですね。
また、平安時代まで遡るといわれている中世宇土城(一般的に宇土古城と呼ばれています)と戦国時代に築城された近世宇土城(宇土城と呼ばれています)の時代の異なる二つの城を併せて楽しめることもできます。今回は後者の近世宇土城の紹介となります。

①D70_5035_150813_5145
①本丸への階段。すぐ近くに駐車場があります。

②D70_5033_150813_5143
②案内板

③D70_5045_150813_5155
③本丸の様子。

④D70_5040_150813_5150
④本丸西側にある二の丸。現在は墓地になっています。

⑤D70_5051_150813_5161
⑤小西行長像。文禄・慶長の役では先鋒として奮戦したものの、関ケ原で西軍与し、破れ、六条河原で斬首されています。

⑥D70_5054_150813_5164
⑥帯郭

⑦D70_5056_150813_5166
⑦石垣ファンの僕にとって、本丸を取り囲む石垣は見どころです。

⑧D70_5062_150813_5172
⑧本丸南側の石垣

⑨D70_5063_150813_5173
⑨往時このあたりは水堀となっていたようです。

⑩D70_5065_150813_5175
⑩同じく本丸南側の石垣を別の角度から

⑪D70_5072_150813_5182
⑪隅石垣

⑫D70_5076_150813_5186
⑫案内版によると、往時の石垣は現在の二倍の高さがあったとのこと。

⑬D70_5085_150813_5195
⑬本丸南側の石垣

⑭D70_5104_150813_5214
⑭本丸北側の石垣。北側は広く石垣が残存していて最も見どころが多い場所です。

⑮D70_5100_150813_5210
⑮同じく本丸北側の石垣。折れが多用されています。

⑯D70_5116_150813_5226
⑯近年まで石垣はかなりの高さまで土で埋まっていたようですが、石垣が見えるように掘り返しているように見えます。

⑰D70_5136_150813_5246
⑰石積

⑱D70_5128_150813_5238
⑱最後に本丸北側の石垣の折れを鑑賞下さい。

最後までご覧いただきありがとうございました。次回が宇土古城を紹介します。
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外海・大瀬戸の史跡を行く ~太田和氏館・下り山城~ 

春の気配がちらほら、暖かくなったり、寒くなったりで、体調を崩しそうですね。
先日、長崎県島原半島北部にある神代小路(こうじろくうじ)へ出かけてきました。
神代小路は、文化庁の重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて、古いまちなみがほぼ現存し、鍋島邸とその敷地内に植えられた緋寒桜が見どころとなっています。
その緋寒桜が見頃となっていて、立派な建物を彩るかのように、華やかに咲いていました。

さて、外海・大瀬戸の史跡シリーズも最終回。最終回は長崎県西彼杵半島北部の太田和地区の史跡を紹介します。
太田和地区は、在地領主、太田和氏が治めていたと伝えられており、館(たち)と呼ばれる太田和氏の居館跡と、近くに、下り(さがり)山城と呼ばれる居城を持っていたとされています。

D70_7771.jpg
まずは、太田和氏館跡。西海市の指定史跡になっていますが私有地であるため、入口付近を散策する程度としました。

D70_7774.jpg
入口右側に回ると、左側は主郭の土塁と中央に空堀らしきものが見られます。

D70_7778.jpg
館跡からの眺め。海の向こうに大島が見えます。

下り山城イメージ図
下り山城1
今回も性懲りもなくイメージ図を描いてみました。毎回、適当に描いていますので、全体を捉える程度にしといてください。
間違っていたらご指摘頂けるとありがたいです。(クリックすると拡大します)朱書きの番号と写真説明の番号は大体合わせていますのでご参考まで。

①D70_7903
①城の西側の車道沿いの歩道から入ります。

②D70_7784
②地元にお住まいの方に案内して頂きました。ありがとうございました。

③D70_7786
③石積が見られますが、往時のものか不明。これまで見てきた付近の城・館の石積は平べったい結晶片岩を横積み(平石横積)
する工法であるため、近世のもとと思われます。

④D70_7792
④主郭から一段下がった南東側の郭。写真奥に主郭が見えます。

⑤D70_7794
⑤主郭へ登る途中、左側に西側帯郭が見えます。

⑥D70_7796
⑥主郭。

⑦D70_7799
⑦主郭と北側郭を分ける堀切。この堀切は東側帯郭とつながっています。

⑧8D70_7801
⑧堀切を西側が見た様子。

⑨D70_7804
⑨北側の郭

⑩D70_7809
⑩東側帯郭の石垣。折れがあって城郭の石垣のようにも見えますが、たぶん近世の石垣と思われます。

⑪D70_7810
⑪同じく東側帯郭の石垣

⑫D70_7812
⑫これも同様。

⑬D70_7820
⑬東側帯郭の様子。案内して頂いた方によるとこの郭には昔小屋が建っていたとのこと。

⑭D70_7866
⑭反対側に回って西側帯郭上段の様子。

⑮D70_7845
⑮西側帯郭下段の石垣。

⑯D70_7844
⑯同じく西側帯郭下段の石垣。

⑰D70_7895
⑰登城道からの眺め

⑱D70_7899
⑱登城道

D70_8606.jpg
(おまけ)鍋島邸・緋寒桜

最後まで見て頂きありがとうございました。次回は熊本県・宇土城をご紹介します。
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しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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