石垣の美 八代城(熊本県)・後編 

こんにちは、今日長崎は雨です。九州地方は全域で雨のようで、熊本・大分で被災された方々の状況が心配です。
さて、八代城の後編です。
前回は本丸周辺の石垣を中心にご紹介しましたが、今回は本丸の大天守・小天守回りの石垣を中心に紹介させて頂きます。
よろしければご鑑賞ください。

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写真撮影場所を赤い丸囲み番号で示しています。場所はおおよそ正しいとは思いますが不正確な場所もありますので参考程度にご覧下さい。(クリックすると拡大します)

①DSC06595
①まずは、大天守・小天守の全景を本丸側から写った写真を探したのですが、良いのがなく、こんな写真になってしまいました。
唐人櫓跡からのアングルです。右に大天守、左に小天守が建っていたようです。
手前の小屋ですが、城郭観光のハイライトとなる天守の直下に小屋を建てなくてもいいのではないかと思います。
せっかくの美しい石垣の写真に写りこんできます。

②DSC06608
②小天守直下の天守登り口。ここから天守へ登城したようです。階段の痕跡がみられますね。

③DSC06622
③小天守から大天守を眺めたところです。手前の登り口から小天守へ登り、中央の渡櫓を通って、大天守へ入ったようです。
城郭の本などによると「連結式」と呼ばれているようで、名古屋城も同様の構造です。
複雑に入り組んだ石垣を鑑賞できる場所です。

④DSC06638
④渡櫓から大天守入口を眺めたところ。見ての通り穴蔵を持つ天守です。

⑤DSC06646
⑤穴蔵入口向かって左側の石垣と階段。この階段から上階へ登っていたようです。尚、階段はもう一か所あります。

⑥DSC06690
⑥穴蔵奥からの眺め。右が⑤の写真部分。左にも階段があります。

⑦DSC06678
⑦大天守石垣から唐人櫓跡の眺め。唐人櫓石垣は合坂と呼ばれる向かい合った階段が設えられています。
高さの無い低い石垣にはよく作られていますが、この唐人櫓石垣のような高い石垣に作られた合坂はあまり記憶にないです。

⑧DSC06700
⑧小天守から月見櫓方面を眺めたところです。奥へ続く石垣の角に月見櫓があったとのことです。

⑨DSC06715
⑨小天守から月見櫓跡へ続き石垣から小天守・大天守石垣を眺めたところです。

⑩DSC06735
⑩手前の石垣隅には宝形櫓が建っていたとのことです。右端は高麗門。

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⑪八代城近くにある松浜軒。八代藩主松井家の邸宅と庭園が残っているそうです。早朝のため入れず(T_T)

⑫D70_5338_150814_5448
⑫松浜軒のなまこ壁。

⑬D70_5340_150814_5450
⑬同じく松浜軒の湧き水。

八代城の紹介は以上ですが、八代のランドマークとして、すばらしい石垣の上に大・小天守があがれば美しいだろうなぁと感じだ次第です。
最後まで見て頂きありがとうございました。

次回は人吉城をご紹介します。
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石垣の美 八代城(熊本県)・前編 

4月14日から発生しております熊本地区の地震により、亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

ちょうど同じ熊本県の八代城の紹介と重なり、八代市も大きな被害が出ているようで、八代城も石垣が崩れるなどの被害を受けているようです。また熊本城でも、天守、櫓、石垣など甚大な被害があり、一刻も早い復旧をお祈りいたします。

さて、今回は鹿児島県への用事の道中に登城した八代城の紹介になります。
普段は小規模な山城を中心に登城しているので、八代城のような織豊系の近世城郭は、高石垣に大きな桝形、天守周辺の入り組んだ石垣は圧倒されますね。

八代市ホームページの解説を引用させていただくと、
元和元年(1615年)に一国一城令が出され、肥後国は熊本城と麦島城の一国二城体制が特別に認められていました。
しかし、同5年の大地震によって、麦島城は崩壊しました。熊本藩主の加藤忠広(かとうただひろ)は幕府の許可を得て、城代(じょうだい)の加藤正方(かとうまさかた)に命じて徳渕(とくぶち)の津(つ)北側に城を再建し、同8年(1622年)に竣工(しゅんこう)しました。これが、現在の八代城で、明治維新まで肥後国の一国二城体制が続くこととなりました。
とのことです。

八代城は見どころ多く、前・後編2回の紹介になります。よろしければご鑑賞下さい。

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写真撮影場所を赤い丸囲み番号で示しています。場所はおおよそ正しいとは思いますが不正確な場所もありますので参考程度にご覧下さい。(クリックすると拡大します)

①D70_5170_150814_5280
①まずは高麗門から。立派な桝形です。折り重なる石垣が防備の厳重さを窺い知ることができますね。
案内板によると左端の高石垣の上には宝形一階櫓が、奥には縦に頬当御門という櫓門が配置されていたようです。

②D70_5180_150814_5290
②①写真の向かって右側の石垣を内側から撮影したものです。

③D70_5189_150814_5299
③高麗門を角度を変えて撮影。

④D70_5217_150814_5327
④③写真の手前と奥の石積の間には、立派な門の礎石が残っています。

⑤D70_5201_150814_5311
⑤高麗門から入って右に折れたところです。ここには頬当御門という櫓門がありました。

⑥D70_5209_150814_5319
⑥高麗門に向かって右側の高石垣。

⑦D70_5231_150814_5341
⑦北側から高麗門を眺めたところです。

⑧D70_5245_150814_5355
⑧同じく北側からの撮影。手前の石垣の上には三階櫓があったとされています。

⑨D70_5239_150814_5349
⑨東側から廊下橋門を眺めたところです。

⑩D70_5254_150814_5364
⑩天守直下にある廊下橋門。虎口も小規模で搦手にあたるのでしょう。手前に四つの柱の礎石跡もみられます。

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⑪中央が大天守石垣。その右が小天守石垣です。北西から狙ってみました。5層6階の大天守があがっていたとのことです。

⑫D70_5372_150814_5482
⑫大・小天守石垣を南西から写してみました。石垣の折れは城郭の美しさの一つですね。

⑬D70_5373_150814_5483
⑬石垣の隅から左右に広がる石垣の広がりも美しいと思います。水堀に石垣がキレイにうつると尚良いと思います。

⑭D70_5376_150814_5486
⑭しつこいですが、最後に石垣の折れで終わりたいと思います。

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(おまけ)
先日、長崎港に客船がアベック入港していたので、撮影してきました。
左が「SKYSEA GOLDEN ERA(スカイシー・ゴールデン・エラ)」 マルタ船籍、72,458トン。
右は「MS VOLENDAM(フォーレンダム)」オランダ船籍、 60,906トン。

次回は八代城 本丸を中心にご紹介します。大天守、小天守回りの石垣群が見事です。
最後まで見て頂きましてありがとうございました。m(_ _)m

キャンプ 

暖かくなってきたので、知人と二人で長崎県長与町の潮井崎公園キャンプ場でキャンプ。昨年秋に続きこの場所は二度目。
ここ潮井崎公園キャンプ場は無料なのにキレイで海沿いにあり、夕日がきれいなので、カップルでの利用がロマンチックで
良いのではないかと思います。

①P4100099
①テントサイトはこんな感じ。今日は我々も入れて5組の参加。若い人が多くにぎやかでしたね。

②P4100101
②対岸からの眺め。対岸にはキャンプ場から車ですぐの天然温泉「喜道庵」があるので、帰り道に寄ってはいかがでしょうか?

③P4100096
③我々テントサイトの様子。

④P4090091
④キャンプグッズ、食べ物、飲み物色々。

⑤20151017_205510
⑤ここのキャンプ場は焚き火もできます♪
炎に引き込まれそうです。

⑥P4090082
⑥アマゾンで5千円弱の安いテントを購入。

⑦P4100135
⑦帰り道、山城に寄って帰宅。イオン時津の道向かいにある浜城に登城。一般的には唾飲城と呼ばれているようです。

⑧8P4100137
⑧写真の小高い山が浜城跡。山の中は既に蚊が多く、山城のシーズンの終了を感じました。

⑨D70_9477
⑨浜城山腹からの眺め。

最後まで見て頂きありがとございました。

石垣の美 宇土古城(熊本県) 

いよいよ春本番。桜前線北上中ですが、長崎では先日日曜日の雨で葉桜になってしまいました。

さて、前回の宇土城に続き、宇土城からほど近い、宇土古城の紹介です。

宇土古城は、西岡台と呼ばれる、小高い丘稜を利用して築かれており、城の中心となる「千畳敷」とその西側の「三城」更に西側にある横堀、土塁などで構成されています。築城は、1048年(治承3年)と伝えられており、城主は宇土氏、名和氏など代わっています。
最終的には、1588年(天正 16年)に小西行長が、宇土古城の東に位置する通称、城山に宇土城(近世宇土城)を築城したことによりその役目を終えています。
現在、国の史跡に指定され、歴史公園としての整備が進められています。

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①まずは案内板。西岡台の中腹に駐車場があり、この案内板も設置されています。

②D70_4882_150813_4992
②帯郭。

③D70_4897_150813_5007
③虎口。カッコイイ入口です。今にも多くの兵士が飛び出さんばかりです。

④D70_4898_150813_5008
④千畳敷の周りを囲む横堀。コンクリで固められています。賛否両論あると思いますが、僕個人としては興醒めです。

⑤D70_4899_150813_5009
⑤直線的な虎口。逆光で残念な写真になってます。

⑥D70_4934_150813_5044
⑥虎口の先は右に折れていて、守りやすくなっている事がわかります。こんな細い虎口を攻めてきても次々に狙い撃ちです。

⑦D70_4905_150813_5015
⑦いい天気です♪

⑧8D70_4930_150813_5040
⑧千畳敷の様子。右端に復元された東屋。

⑨D70_4946_150813_5056
⑨虎口を別の角度から。

⑩D70_4952_150813_5062
⑩千畳敷を取り囲む堀の中には、堀底がデコボコした場所があります。説明版によると、小間割と呼ばれる工区分の跡、
もしくは堀の掘削工程の一過程を示しているとのこと。最初見たときには、山中城などにある障子堀の埋まったものと思いましたが、違うようです。

⑪D70_4967_150813_5077
⑪続いて三城へ移動。途中、石碑がありました。

⑫D70_4973_150813_5083
⑫三城に到着。千畳敷よりも手付かずな感じがよいです。

⑬D70_4977_150813_5087
⑬千畳敷には石積みが多数残っているようですが、かなり見落としてしまいました^_^;またこなければ、、、

⑭D70_4992_150813_5102
⑭掘立柱建物跡

⑮D70_5000_150813_5110
⑮三城の様子。

⑯D70_5005_150813_5115
⑯美しい土塁

⑰D70_4972_150813_5082
⑰最後に割り切れなかった石

最後まで見て頂きありがとうございました。次回は八代城を紹介します。
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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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