西高田城(長崎県西彼杵郡長与町) 

こんにちは、先日、長崎県西彼杵郡長与町にある西高田城に登城してきました。


西高田城は、長与町のホームページにも掲載されているお城なので、案内板などもあって容易に登城できるものと思っていましたが、何もなく、またネットでも情報が少なく、登城口がわからないため、前回は一度断念しているお城です。

こういう場合は、付近にお住いの方に聞いて回る事が近道ですが、二か所確認できた登城口のいずれもお住まいの敷地内を通るので、お断りを入れて、登城させていただきました。ありがとうございました。
長与町のみなさんに見て欲しい史跡であれば、登城道の整備をして欲しいと思いました。
また、西高田城の近くには、雄城家の墓と伝わる史跡もあるのですが、お墓には立派な案内版があるものの、行先表示版がなく、付近で散歩されていた方に場所を教えて頂きました。せっかくの史跡なのにもったいないなぁと。予算が無いのでしょうかね。


あまり知られていないお城に登城する場合にいつも困るのが登城口なので、登城口がわかるように心掛けて掲載していますが、西高田城はお住まいの敷地を通るため、大変申し訳ありませんが、登城口の説明は割愛させて頂きます。


西高田城は、戦国時代後期に長与氏により築城され。向かいの東高田城と併せて、長崎から長与への侵入を監視していたと伝えられており、のろし台と呼ばれている場所も残されています。

【遠景】D70_3797 
西高田城遠景。


縄張り図・鳥瞰図

西高田城縄張り図1 
縄張り図。長崎県教育委員会発行の「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」から転載させて頂いています。


西高田城図 

縄張り図では高低差がつかみにくいので、性懲りもなく鳥瞰図?を描いてみました。(クリックすると少々拡大します)相変わらず下手くそな上に、わからないところは適当に描いて いますので、全体を捉えるぐらいにしておいてください。また、写真撮影場所と撮影方向を赤い丸囲み番号と矢印で示しています。場所はおおよそ正しいとは思いますが不正確な場所もありますので参考程度にご覧下さい。間違いがあればご連絡頂けると幸いです。



①D70_3729 
①城南側のミカン畑を通って登城しました。写っているレールはミカンを麓に下すためのものでしょうか。


②DSC_1178 
②途中ミカン畑からの景色。写真中央左よりの山には東高田城があります。まだ登城していないので、近々登城予定です。


③D70_3769 
③二の曲輪南端を見上げてみました。所々に石塁が残されています。


④D70_3768 
④石塁のアップ


⑤DSC_1198 
⑤二の曲輪南端を曲輪内部からみたところです。曲輪の縁が盛り上がっているように見えます。土塁跡でしょうか。


⑥DSC_1202 
⑥二の曲輪南側から北側を眺めたところです。左下に石碑?あります。


⑦DSC_1206 
⑦二の曲輪から主曲輪を見上げたところです。この岩は自然石でしょうね。


⑧DSC_1256 
⑧主曲輪にあるのろし台。アルファベットのUを逆さまにした形になっています。


⑨DSC_1225 
⑨主曲輪から北側の堀切東側を見下ろしたところです。


⑩DSC_1228 
⑩⑨と同じ場所から西側の堀切と盛り上がった土塁を写してみました。


⑪DSC_1230 
⑪堀切下から主曲輪土塁の石塁を見上げてみました。


⑫D70_3746 
⑫丸出(たぶん)から主曲輪を眺めたところです。


⑬DSC_1236 
⑬堀切東から西を写してみました。左側が主曲輪。右側が丸出です。


⑭DSC_1246 
⑭堀切西から東を写してみました。


⑮DSC_1243 
⑮出丸の北側にも堀切らしきものがあるのですが、浅く埋まってしまったのでしょうか。中央は盛り上がっていて土橋のようにも見えます。また石塁も少々みえます。


⑯DSC_1245 
⑯出丸から北側は特に城の遺構はなさそうです。時間があれば北側の様子も散策したかったのですが、時間切れのため、ここで折り返します。


⑰DSC_1200 
⑰二の曲輪に戻り、二の曲輪虎口と思われる場所です。


⑱DSC_1277 
⑱二の曲輪虎口から下っていきます。


⑲D70_3786  
⑲しばらくすると人工の構造物が見えてきます。登城道を防衛する土塁でしょうかね。


西高田城の場所


最後まで見て頂きありがとうございました。

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東城(長崎県諫早市) 

こんにちは、朝晩かなり寒くなってきましたね。薄手のスーツでは寒く感じます。


今日は長崎県長与町高田にある西高田城と近くにある雄城家の墓に行ってきました。
いずれも長与町のホームページに掲載があるものの、案内版がまったくなく、近隣の方々に聞きながらの訪問となりました。
私有地だったり私有地を通るので、案内板を設置するのは難しいのでしょうか。西高田城はおってご紹介したいと思います。


さて、今回は今年8月に登城した諫早市飯森町にある「東城(とうじょう)」をご紹介します。
東城は、国道251号線と橘湾から北上する県道138号線が交わる場所の背後の小高い山に築かれており、現在は山頂付近に八幡神社が祀られています。出自などわかっていないようです。



D70_2625T.jpg
東城遠景。登り口はこの写真に写っていませんが、写真左手になります。



tou_jyo1.jpg 
縄張り図。長崎県教育委員会発行の「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」から転載させて頂いています。縄張り図左下から山頂に伸びる点線に沿って登ります。



①D70_2502
①登り口。この鳥居が目印。



②D70_2503
②少し上って振り返るとこんな景色です。



③D70_2505
③更に登り右手に進むと二番目の鳥居が現れます。



④D70_2506
④二番目の鳥居をくぐり、右手に畑地を見ながら登っていきます。この先にイノシシらしき動物に遭遇しましたのでご注意ください。



⑤D70_2514
⑤段々足場が悪くなってきます。山の谷部に沿って登っていきますが、このまま谷部を進むのではなく、途中左側の尾根部にとりつき、尾根伝いに山頂へ向かいますので、左側の地形に注意しながら登ってください。縄張り図の点線も最初は谷を進みますが、途中左に折れ、尾根に沿って登っていくことがわかります。



⑥D70_2603
⑥尾根にとりついた場所から谷部を見下ろしたところです。



⑦D70_2599
⑦尾根部を登っていくと、大岩発見。



⑧D70_2596
⑧更に登ると三番目の鳥居。



⑨D70_2586
⑨しばらく登ると山頂西側に到着。



⑩D70_2533
⑩⑨から左側すぐの場所に八幡神社が祀られています。



⑪D70_2541
⑪向かって右側の狛犬



⑫D70_2542
⑫左側の狛犬。神社によって色々な狛犬が神社を守っています。



⑬D70_2579
⑬山頂は東西にピークがあり中央部はこのような鞍部となっています。



⑭D70_2547
⑭東側に向かいます。奥のほうは少し高くなっています。



⑮D70_2549
⑮東側ピークの削平地。築城前は平たん部は限られていたと思いますが、築城にあたって削平したのでしょう。



⑯D70_2553
⑯東側ピークの削平地から更に東側の一段下がった曲輪を見下ろしてみました。



⑰D70_2562
⑰東端部から西側を眺めてみました。⑯で見下ろしたピークの高台が見えています。



⑱D70_2566
⑱南側斜面の様子。石がゴロゴロしています。主郭部は石塁で囲まれていたのでしょうか。



⑲D70_2571
⑲主郭南側の石塁の様子。


東城の場所は下図の通りです。


最後まで見て頂きありがとうございます。m(_ _)m



富岡城(熊本県天草郡) 

こんにちは、土日はいい天気☀のようで お出かけ日和ですね。
今日は初めて天草に行ってきました。天草は近くて遠いイメージがあって、車で行くなら、南島原まで行って、そこからフェリーに乗らないといけないので、かなり移動に時間を取られます。
長崎市茂木からだと高速船が就航しているものの、天草・富岡からの移動はレンタカーかタクシーとなって、お金もかかります。
ところが、先週の長崎新聞に、茂木からの高速船の利用者に限り富岡にて無料で電気自動車を貸し出す社会実験が始まった。との記事を見て早速予約。利用してきました。
目的地は、富岡城と志岐城。今日は富岡城をご紹介します。


富岡城は天草下島の北西に位置する、砂州で繋がった島に築城された平山城です。
関ケ原の戦いの戦功で、唐津の領地に加えて、飛び地の天草領を加増された寺沢広高によって、唐津城の支城として築城されましたまた、島原の乱では、一揆軍により落城寸前まで攻められたものの持ちこたえたと伝えられています。島原の乱の後は、山崎家治が入城、城の拡張が行われましたが、1670年に当時の藩主・戸田忠昌により破城されています。


富岡城は、島原の乱の舞台となった、近世城郭では数少ない実戦経験のある城で、石垣や建物の復元が進んでいて、以前から行きたい城の一つだったのですが、やっと登城。



①D70_3276

①今回は長崎市茂木から高速船「KIZUNA II」号で向かいました。車を長時間運転する必要がないのでラクチンです。



②D70_3284

②船内はこんな感じ。船の後部にはデッキもあって風を受けながらの船旅は気持ちがいいです。


③D70_3299

③出航!写真左手には有名料亭が写っているはずです。


④D70_3653

④富岡城遠景。本土側の志岐城から撮影。


⑤D70_3337

⑤麓の駐車場に止めて、山を少々登ります。ちなみに二ノ丸直下にも駐車場があります。


⑥DSC_1120

⑥二ノ丸西側虎口。お約束の高石垣に桝形。立派です!


⑦DSC_1118

⑦⑥から更に登ると、正面に二階建ての本丸多聞櫓が見えてきます。中はビジターセンターになっています。


⑧DSC_1077

⑧出丸西側の石垣。


⑨DSC_1083

⑨出丸(手前)と二の丸を分ける土塀と櫓。


⑩D70_3397

⑩二ノ丸から眺めた本丸多聞櫓。


⑪D70_3368

⑪出丸東側から本丸方向を眺めたところです。石垣と櫓や土塀が連なる景色を楽しめる場所です。


⑫D70_3468

⑫本丸虎口から二の丸を眺めたところです。


⑬DSC_1096

⑬本丸から本土を眺めてみました。


⑭DSC_1129

⑭二ノ丸東側虎口。ここも高石垣に桝形。


⑮D70_3527

⑮二ノ丸東側虎口の桝形から本丸側を見上げたところです。


⑯D70_3548

⑯二ノ丸東側虎口を下っていくと、鈴木重成公の銅像。天草の代官で農民のために尽くした立派な方ですが、銅像奥の石垣も実は立派です。


⑰DSC_1062

⑰鈴木重成公の銅像近くにある百間土手の石垣。この石垣で川を堰き止め池を作り、そこから上水道を引いたとのことです。


⑱D70_3550

⑱今でも池が残っています。


⑲D70_3570

⑲大手門跡。富岡城から南に少々離れた場所に大手門跡が残されています。かなり大きな桝形虎口になっていて、向かって右側の石垣は修復中です。(右端の石垣は色が違います)


⑳D70_3564

⑳無料でお借りした電気自動車。ちなみに貸出は無料ですが、電気代?を500円徴収されます。
我が家の車はハイブリッドですが、ハイブリッドの車に乗っていれば、初めて乗った電気自動車もあまり違和感は無いです。
尚、電気自動車を無料で貸し出す社会実験は来年3月末までとのことですので、ご利用したい方はお早めに。


最後まで見て頂きありがとうございました。

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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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