道目木上館(長崎県西海市) 

こんにちは、お正月も近くなってきました。年末年始は特に遠出の予定はないので、きっと自宅や実家でだらぁ~としてあっという間に正月休みも終わるんだと思います^_^;



さて、前回に続き、長崎県西海市にある小佐々水軍城の城館群のひとつ道目木上館をご紹介します。
道目木上館は小佐々城の北に位置する道目木山の東側稜線先にあったとされ、戦国時代に松島城主の小佐々大炊により統治されていたとのことです。


①D70_4139
①多以良川から見上げた道目木上館跡。写真中央上のこんもりした林が道目木上館跡です。


②D70_4148
②道目木上館跡は道路からは高い場所にあります。まずは東突端の斜面の状況から観察。切石がびっしりと積み上げられています。


③D70_4154
③続いて南側斜面の状況。南側も東側と同様に切石が積まれています。


④DSC_1438
④道目木上館跡は道目木山の稜線先の微高地にあるので、麓の道路から少々登ります。


⑤D70_4160
⑤隅部の石積。今は畑地になっていますが、往時の遺構かは不明。


⑥DSC_1440
⑥高台はお墓になっていて、その下は畑地のようです。往時は建物が建っていたのかもしれません。


⑦DSC_1447
⑦お墓の裏の斜面の状況です。小佐々城や鳥越城にもみられた段々になった石積みです。素人目には段々畑です。


⑧DSC_1449
⑧別の石積み


⑨D70_4175
⑨写真上部にも上段の石積みが見えます。


⑩DSC_1454
⑩ここの石垣は崩落が進んでいるようです。


道目木上館の場所


参考文献

海路 11号  海鳥社


最後まで見て頂きありがとうございました。

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道目木中館(長崎県西海市) 

こんにちは、長崎は先週松から急に寒くなってきました。皆さんカゼなどに注意して下さい。


しばらく体調がよくなかったのですが、体調も戻りつつあるので、先週日曜日に長崎県西彼半島の城と館跡に行ってきました。今日はそのひとつ道目木中館をご紹介します。
また、道目木中館の川向かいにある川津遺構も併せてご紹介します。


道目木中館は、小佐々城や小峰ノ館や田平ノ館など、小佐々水軍城と呼ばれる城館群のひとつです。小佐々水軍城には、小佐々城の扇陣、小峰ノ館の百閒石塀、田平ノ館の枡形虎口、川津遺構など、いずれも西彼半島特有の結晶片岩を平積みした、石積み遺構が数多く残る見どころ多い城域です。


道目木は「どうめき」と読みますが、もともと、「どうどう」と水音が響き渡ることが、地名のいわれとされています。
確かに、すぐ近くに多以良川が流れていて、往時は水量が多く、大雨の時には、そのような音がしていたのかもしれません。

また、道目木(または百目木など)と呼ばれる地名は全国にあり(秋田や青森が多いらしい)、古代末期から中世の館の跡地があることが多いらしく、ここ道目木中館も、中世の館があった名残なのかもしれません。



①D70_4043
①国道202号線沿いにある案内板。


②DSC_1380
②西側から道目木中館を中心に眺めてみました。以前訪問した田平下館が写真右端です。


③DSC_1385
③道路から道目木中館へ下りていきます。


④DSC_1437
④何も知らないと単なる畑ですが、往時は建物が建っていたのでしょう。


⑤DSC_1386
⑤石積みが残されていますが、往時のもか不明。


⑥D70_4055
⑥奥の石積みはこんな感じ


⑦D70_4060
⑦多以良川沿いにも石積みが残されていますが、近年コンクリートにより改変されているようです。


⑧D70_4058
⑧今はコンクリートの橋が架けられていますが、船がこの先も登っていたはずなので、往時は川底が深く船が通れたのか、跳ね橋か高さのある橋だったのでしょうか。
橋を渡り川向いの田平下館へ行くことができます。


⑨DSC_1391
⑨多以良川を上流から下流側を眺めてみました。


⑩D70_4072
⑩多以良川沿いには、小舟を馬で曳いてさかのぼった舟曳道やその内側に曳船した船を係留する船溜跡が残っています。この写真は舟曳道です。


⑪D70_4104
⑪この舟曳道が100m以上残っています。左側が多以良川、右側が船溜跡です。


⑫D70_4091
⑫船溜側では、舟曳道の高さが高いところで1mぐらいはありそうです。


⑬D70_4082
⑬この写真は舟曳道の多以良川側。多以良川側はあまり高さがありません。


⑭D70_4093
⑭舟曳道を上流側に登っていくと、船溜に降りるための階段があります。


⑮D70_4095
⑮舟曳道には切れているところがあって、船の出し入れに用いられたのかもしれません。


⑯D70_4099
⑯舟曳道はここまで。


⑰D70_4139
⑰川向いから道目木中館を眺めてみました。写真中央上部のこんもりした林は道目木上館です。おってご紹介します。


⑱D70_4122
⑱ついでに田平下館にも訪問。写真は虎口です。クランク状の枡形がよく残っています。



道目木中館と写真撮影場所



参考文献
海路 11号  海鳥社  
秋田地名研究年報 11号  秋田地名研究会   


最後まで見て頂きありがとうございました。

満城(長崎県長崎市) 

こんにちは、今年もあっという間に12月。お正月も目の前です。

木々も色づき、それほど寒くないこの時期は、山登りや山城への登城にはいい季節です♪
ただ、最近体調が良くなくて、お出かけは自粛気味です。


さて、今年の夏に登城した長崎市戸石町の満城をご紹介します。築城時期や築城者などの出自はよくわかっていないようです。諫早から長崎、矢上方面への侵入者の監視に造られたのではないでしょうか。


遺構は堀切と曲輪程度であまり目立った遺構は残っていないようです。また、主郭に水道施設が建てられていて、遺構が破壊、改変されたのかもしれません。



①D70_2491
①満城遠景。城の西側から撮影。


manjyo_map1.jpg 
縄張り図。長崎県教育委員会発行の「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」から転載させて頂いています。

②D70_2402
②登城口は何か所かあるようですが、南側の年神社から登城します。


③D70_2404
③左右に畑を見ながら登っていきます。


④D70_2406
④丘に登ると、戸石の港、牧島、更に奥には橘湾が望めます。


⑤D70_2407
⑤南側から北側を眺めてみました。稜線は墓地になっています。墓地の先の小高い場所が満城主郭部です。


⑥D70_2415
⑥墓地を抜け林の中に入ります。


⑦D70_2421
⑦南側からの攻め手を防ぐ堀切。


⑧D70_2457
⑧石が転がっています。主郭部は石塁が巡らされていたのかもしれません。


⑨D70_2423
⑨主郭部の一段高い場所に水道施設が建てられています。


⑩D70_2424
⑩主郭部南側の様子。


⑪D70_2429
⑪帯郭の様子。


⑫D70_2442
⑫水道施設


⑬D70_2470
⑬満城を後にします。林を抜けるとすぐに墓地です。


⑭D70_2471
⑭林を抜けてすぐ右側は城の西側国道251号線に抜ける通路があります。


⑮D70_2473
⑮段々畑を横目に下っていきます。


⑯D70_2489
⑯国道251号線に降りてきます。



満城の場所と登城ルート


最後まで見て頂きありがとうございます。








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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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