苗木城(岐阜県中津川市) その2 <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、今週末はいい天気になりました♪ 昨日はトヨタ自動車の町豊田市へ行ってきました。もちろん行先は城なんですが、愛知県で二か所指定されている重要伝統的建造物群保存地区の一つ「足助」も併せて訪問させて頂きました。足助の町は、塩を信州へ運んだ伊那街道の宿場町で、古い家並みが残されています。
今回の楽しみは大給城(おぎゅうじょう)と足助城(あすけじょう)。大給城の見どころは水の手曲輪と呼ばれる大規模な取水施設。主な目的は水の確保だと思いますが、神籠石山城にあるような石積の水門もあり、この施設だけでも行く価値があると思いました。
足助城は、発掘調査に基づき建物や門などの復元がされている数少ない戦国時代の山城です。

さて、前回に続いて苗木城の第二回は坂下門から。いよいよ本丸への登城です。


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01 坂下門。手前の礎石もしっかり残っています。その先の登城道左はちょっとした倉庫を建ててもよさそうです。

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02 菱櫓門。坂下門からちょっと歩くとまた門が。門が多くて防備が厳重です。本丸へはジグザクに登りますが、姫路城の「はの門」や「にの門」あたりも確か複数の門に狭い道をジグザグに登って登城したような。


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03 菱櫓門のすぐ先は折り返しになっています。

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04 折り返しを登ると本丸石垣と千石井戸が現れます。真直ぐ行くと天守方面へ、左へは的場跡へ行けます。

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05 千石井戸。

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06 苗木城内の井戸で一番高いところにあり、どんな日照りでも水が枯れることはなかったとのこと。


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07 的場跡。写真奥に土を盛っていて弓や鉄砲の的にしたのでしょうか。

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08 本丸口門。文字通りここからが本丸。

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09 武器蔵、具足蔵。

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10 礎石、縁石は往時のままとのこと。


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11 武器蔵を過ぎると左上の頭上に天守台が現れます。天守台下に登城道が見えていますが帰りに利用します。行きは南側(写真右方面)の馬洗石から登城します。

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12 写真11番からすぐのところに三つの分かれ道。左へは玄関口門へ(写真11番の登城道へ)、中央は馬洗石を経由して天守台へ、右は笠置矢倉へ。笠置矢倉へ行ってみます。

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13 笠置矢倉。写真奥に天守台が見えます。

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14 笠置矢倉からの眺め。概ね西側の景色です。

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15 笠置矢倉を後にして、天守台へ向かいます。左の巨石が馬洗岩です。かつて苗木城が敵に攻められ敵に水の手を切られた時に、この岩の上に馬を乗せ、米にて馬を洗い、水が豊富であるかのように敵を欺いたことが名前の由来とのこと。米を使って水があるかのように見せるのは、多くの城で残されていますね。
中央の階段で天守台に向かいます。

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16 写真15番から階段を上るともうすぐ天守台です。自然石を利用しながらきれいに石を組んでいます。大手にあるような大きな虎口もいいんですが、僕は裏口にあたる通常の生活のにおいがするような虎口も好きなのです。


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17 左は天守台。木組みで展望台が設えられています。

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18 天守台からの眺め。写真中央の木曽川と奥のほうには南アルプスが見てえいるのでしょうか。

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19 本丸から眺めた大矢倉を眺めてみました。


「苗木城 その3」に続きます

苗木城の場所

最後まで見て頂きありがとございました。

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苗木城(岐阜県中津川市) その1 <名古屋勤務シリーズ> 

こんにちは、せっかくの三連休ですがあいにくの雨ですね。滋賀・京都に観光の予定だったのですが中止やむなしです。

さて、9月に入って念願の苗木城、岩村城に登城してきました。何れも天守や櫓は無いものの、石垣がすばらしく、改変が少ない往時の雰囲気を残す、すばらしい山城です。
まずは苗木城からの紹介になりますが、見どころが多く3回シリーズとなりますので、よろしければお付き合いください。

苗木城は、天文年間(1532年~1555年)に遠山三人衆の一人遠山直廉(なおかど)の時代に築城されたと伝えられています。
直廉の養子の友忠は織田、豊臣、徳川の勢力争いに巻き込まれ、天正10年(1582年)に森長可より攻められ落城、川尻秀隆が入城ししましたが、関ケ原で東軍に与した友忠とその子の友政が苗木城を取り返し、その後12代に渡り苗木を治めました。


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01 大矢倉から本丸への眺めです。写真奥の高台が本丸。

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02 中津川駅前。マイカーがないので公共交通機関での登城になります。中津川駅から苗木城の登城口となる苗木遠山資料館までタクシーで移動することにしました。所用時間は大体10分程度で2310円かかりました。帰りはバスの予定です。

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03 苗木遠山資料館。まだ8時前後だったのでまだ空いていませんでした。車でこられる方はここ資料館にも停められますが、更に登り竹門手前の駐車場も台数が少ないものの駐車可能です。

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04 竹門手前にある倉庫の側面に描かれている案内板。

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05 竹門傍そばに設置されている石碑。

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06 竹門正面。

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07 竹門を過ぎると真っ直ぐな登城道。石畳は往時のものか不明ですが雰囲気があります。右側は足軽長屋跡へ。

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08 途中にある大岩と石垣

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09 風吹門。門の周りには櫓があったんだろうなと想像膨らませながら登ります。

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10 風吹門を外から向かって左側の石垣。立体的な石垣の構図が美しいと思います。

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11 大矢倉。城の北側や風吹門の防備のために高い石垣が組まれています。

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12 大矢倉の階段を登り上がったところです。

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13 大矢倉の石垣最上段。向こう側に天守台が写っています。左下は大矢倉の穴蔵。

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14 奥に写っているのは風吹門の石垣。きっと櫓が建てられていたのでしょう。

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15 石碑。

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16 大門。文字通り城内で最大の門と言われています。

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17 大門を抜けると二ノ丸に至ります。中央の石垣の上には朱印状など収める御朱印蔵があったとされています。

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18 綿蔵門。本丸に至ります。写真右下わずかに写っているのは二の丸。

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19 綿蔵門の説明板。門の二階には真綿を保管していたとのこと。

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20 綿蔵門の礎石。苗木城は門の礎石が良好に残っています。礎石があれば、どんな門が建っていたのか想像するのも楽しいものです。

 「苗木城 その2」に続きます

苗木城の場所

最後まで見て頂きありがとございました。

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Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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