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大給城(愛知県豊田市)その2 ~名古屋勤務シリーズ~ 

こんにちは、名古屋勤務も来年1月末までと決まりました。まだまだ足を延ばして登城したいお城は数知れず、残りの期間で登城するお城を計画中です。
まずは、大河ドラマ直虎の興奮冷めぬうちに、愛知近県ではまだ訪問していない静岡県のお城への登城を優先しようと考えているところです。

さて、大給城その2です。

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01 2郭を離れ、北側に下ると水の手曲輪に到着。集水施設らしいのですが、こんな大規模な施設は初めてです。
水の手曲輪は上下段2段になっていますが写真は下段から上方を眺めた写真です。

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02 水の手曲輪下段の貯水部でしょうか、半分欠損していますが石積で囲われていたようです。


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03 水の手曲輪下段の北端。土塁でしっかりと囲われています。写真中央下の土塁のへこみは水量を調整する排水部と思われます。


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04 写真03の土塁下の様子。水の手曲輪は集水の目的のため谷筋に作られており、石塁で補強しており、高さもあることから、谷筋を守る目的もあったと思われます。


05_D70_2171.jpg
05 水の手曲輪石積みの様子。

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06 水の手曲輪上段の石積みの様子。神籠石系山城の谷筋にはよく水門が設けられていますが、よく似ています。写真の石積の中央にも水量調整の開口部が見えます。

07_D70_2191.jpg
07 写真06の石積み開口部の上部の様子。神籠石系山城の水門も大体開口部の上部は写真のような切込みやへこみが見られます。


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08 水の手曲輪を後にして、いよいよ1郭へ

09_D70_2219.jpg
09 写真08を進むと虎口が見えてきます。左に折れると1郭に入れますが、攻め手はここでウロウロしていると正面と左側の二方向から矢が飛んできます。

10_D70_2220.jpg
10 写真09正面石積みの右端の様子です。

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11 写真09から左に折れ虎口を正面から見たところです。

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12 写真11の虎口から1郭に入ると右手に(写真では中央)1郭を東西に分ける石積みがあります。攻め手はこの石積み上からも狙われますね。

13_D70_2250.jpg
13 更に進むと写真中央右に1郭東に入る虎口が見えてきます。

14_D70_2262.jpg
14 写真12の石積みを1郭東から見たところです。石積みはかなり崩落しています。


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15 写真14の石積み上から1郭西側を見下ろしたところです。

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16 写真12の石積み全景


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17 1郭東側の石碑


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18 1郭東の東端にはこの様な巨石がいくつもあります。

19_D70_2315.jpg
19 1郭東の東端の石積み

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20 1郭を後にして居館跡に向かいます。


21_D70_2335.jpg
21 写真奥が居館跡です。手前に上下2段の小曲輪があります。

22_D70_2360.jpg
22 写真左が居館跡、右が小曲輪です。

23_D70_2355.jpg
23 居館跡全景

24_D70_2295.jpg
24 最後に1郭東の東端からの眺め

大給城の場所・駐車場・登城口


最後見て頂きありがとうございました。

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しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳過ぎのオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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