石垣の美 岸岳城(佐賀県) その2 

今日の長崎は台風の影響で雨です。昨日も午前中晴れ間が覗いていましたが、午後からすごい雨でした。
今日は自宅でおとなしくしときます-_-;

また、先週末は鹿児島に用事があり、ついでにあちらこちらのお城に寄ってきました。今回は志布志城、鹿児島城、栗野城。特に志布志城はいいお城で、鹿児島県特有のシラス台地の侵食谷を利用したもので一見の価値ありです。
ただ、家族で行ってきたので、お城に興味のないかみさんや子供達に、「すぐもどるけんね」といいつつ1時間は戻りません^_^;

さて、岸岳城の二回目です。今回は「二の堀切」からスタート。

kishidake2.jpg
写真の撮影場所を番号で示していますので、よろしければ併せて参照ください。ただ、地図が大雑把な上、不確定な場所もありますので、参考程度に止めておいてください。

01_DSC_8197.jpg
①二の堀切の二の丸側の石垣です。積み方が粗いですが、立派な石垣です。

02_DSC_8210.jpg
②二の丸北側に続く石垣。破城されたのでしょうか。

03_DSC_8216.jpg
③二の丸の西側を進みます。このあたりは比較的歩きやすいです。

04_DSC_8218.jpg
④高台にある二の丸の東半分へ登ります。写真中央上に石垣が見えてきます。

05_DSC_8220.jpg
⑤どうやらここが二の丸の西端にあたるようです。③は別の郭のようです。

06_DSC_8225.jpg
⑥⑤の石垣をひいて写してみました。

07_DSC_8227.jpg
⑦きれいに成型された石垣でしたのでパチリ。矢穴もはっきりと確認できます。

08_DSC_8241.jpg
⑧石が散乱しています。きれいに積まれていればと悔やみます。

09_DSC_8243.jpg
⑨二の丸です。

10_DSC_8244.jpg
⑩伝埋め門跡。「埋門(うずみもん)」だと意味が違ってくるのですが、単に埋めてしまった門ということでしょうか。表面に石材が少々露出しているので、やはり埋めてしまったのでしょう。

11_DSC_8250.jpg
⑪伝埋め門跡を西側から見上げたところです。おそらく赤枠が往時の門の石垣。青枠は門を埋めるための石材のように思えます。二の丸から下る階段があったと思われます。

12_DSC_8252.jpg
⑫伝埋め門横にある巨石。矢穴が開けられていて、石材の切り出しをしようとしていたのでしょう。山頂部にはこのような巨石があちらこちらにあり、石材の調達はそれほど困難ではなかったように思います。

13_DSC_8270.jpg
⑬二の丸は上下段になっているようで、更に上段の二の丸に向かいます。

14_DSC_8275.jpg
⑭上段の二の丸には井戸跡があります。

15_DSC_8277.jpg
⑮急峻な山の山頂付近に井戸があるとは驚きです。

16_DSC_8285.jpg
⑯大手門跡です。だいたい十メートル四方の場所が陥没していて、最初は何かわかりませんでした。

17_DSC_8288.jpg
⑰大手門跡を下から見上げたところです。往時は門の石垣が綺麗に組まれていたと思われますが、徹底的に破壊されたようです。この広さだと立派な門があったと思われるだけに残念です。

18_DSC_8294.jpg
⑱本丸方面へ向かいます。本丸に近づくにつれて石垣が目に付きます。

19_DSC_8299.jpg
⑲これも本丸下の石垣。

20_DSC_8313.jpg
⑳本丸。かなりの広さがあります。

21_DSC_8314.jpg
21.屋根瓦と思われます。こういった痕跡を見つけると、想像たくましくなります。

22_DSC_8316.jpg
22.ここにもあります。

23_DSC_8319.jpg
23.慰霊碑。この城の城主、波多三河守親は、朝鮮出兵からの帰国途中に、豊臣秀吉より改易され、常陸国筑波に流されました。主君を失った家臣たちの多くが、後を追って切腹。また、残った者たちも波多氏の後に入った寺沢氏による残党狩りで命を落したとのことです。
地元では彼らを「岸岳末孫(きしだけばっそん)」と呼んで、今でも岸岳城ではその怨念が渦巻いているとの伝承があります。

24_DSC_8323.jpg
24.本丸東側には破壊された石垣を多数鑑賞することができます。この写真は本丸南側の隅石です。

25_DSC_8326.jpg
25.本丸東側は石垣で囲われた郭が階段状になっています。

26_DSC_8330.jpg
26.階段状の郭の隅石。更に右側に石垣が続いています。

27_DSC_8331.jpg
27.この写真で階段状の郭がわかると思います。

28_DSC_8336.jpg
28.本丸南側の石垣列。

29_DSC_8338.jpg
29.きれいに成型された石垣。

30_DSC_8344.jpg
30.本丸南東の隅石。

31_DSC_8410.jpg
31.本丸北東の隅石。

32_DSC_8413.jpg
32.本丸東端の石垣。ここから更に下ると。三左衛門殿曲輪に至ります。ここにも見事な石垣がのこされています。

次回に続きます。最後まで見て頂きありがとうございます。
スポンサーサイト
石垣の美 岸岳城(佐賀県) その3 ・波多城ほか | HOME | 石垣の美 岸岳城(佐賀県) その1

COMMENT

こんばんは♪
前回もそうでしたが、堀切に石垣。初めて見ます。びっくりです(゜ロ゜)
関東ではほとんど見られないです。
石が取れないということもありますが。

どこの家庭も同じですね(^^)
新婚旅行の時、姫路を通過中、どうしても姫路城を見たいと頼み込んだら、下で待ってるからと・・・(>_<)
走って回った記憶あります(^^)
2014/08/03(日) 00:35:53 | URL | 市佑聖 #- [Edit]
こんにちは、
コメントありがとうございます!
長崎ではすごい雨です。ちょっと買い物にも出ようとはおもいません。
関東近辺のお城に登城したことはないのですが、石垣のお城は少ないと聞きます。やっぱりそうなのですね。東京には度々出張があるので、せめて八王子城へは登城したいのですが、ちょっと都内からは遠そうですね。

はい、姫路城だったら、僕も同じように頼み倒すでしょうね^_^;
2014/08/03(日) 09:25:35 | URL | しんこう #- [Edit]

COMMENT FORM


TO SECRET
 

TRACKBACK URL to this Entry

TRACKBACK to this Entry

| HOME |

calendar

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
09« 2017/10 »11

プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
PageTop▲