外海・大瀬戸の史跡を行く ~小佐々氏墓所と小峰ノ館跡~ 

年末年始のお休みもあっという間に終わましたが、この3連休もなかなか正月気分が抜けません^_^;

さて、外海・大瀬戸の史跡シリーズ第三回は小佐々氏墓所と小峰ノ館跡をご紹介します。

①D70_4338_150606_4448
①西海市役所・警察署を過ぎ、国道202号線を更に北上すると、右側に小佐々氏墓所の表示板が見えてきます。
写真以外にも表示板はありますが、いづれも目立たないので注意しておかないと見落としてしまいます。

②D70_4339_150606_4449
②表示板に沿って進むと。小佐々氏や付近の史跡についての案内板があります。今回は赤枠の史跡を紹介します。
青枠は次回紹介の予定です。

③D70_4344_150606_4454
③小佐々氏墓所です。先ほどの案内板から階段で登ってすぐの場所にあります。
長崎県のホームページによると、小佐々氏は,永禄12年(1569)大村純忠と後藤貴明・松浦鎮信(しげのぶ)らとの戦いに,純忠に従い参加した。
小佐々純俊らが戦死し,今日の佐世保市内に葬られ,その後,この墓所に祀られた。
小佐々氏墓所には,切石の平塚,切石積みの墓など,形状・様式及び配置は珍しく,貴重なものである。
大村藩が編纂した「郷村記」に多以良村の「古廟之事」として詳しく述べられてあり,ほとんど記述どおり現存している。
とあります。

④D70_4348_150606_4458
④横からの写真はコレです。天正遣欧使節として派遣された中浦ジュリアンは、小佐々氏一族とのことで、
キリシタンともゆかりがあるようですが、和風な灯篭があり、詳しくはわかりません。

⑤D70_4346_150606_4456
⑤近江源氏 小佐々氏顕彰之碑

⑥D70_7132
⑥小峰ノ館跡。小佐々氏墓所からほど近い場所にあり、多以良川に沿って城ノ辻の東側に回ると、集落が見えてきます。
見どころは見事な石垣。この地区特有の平べったい石を積み上げたものです。

⑦D70_7134
⑦もう少し進むと、石垣に狭間が見えます。

⑧8D70_7136
⑧内側から鉄砲を撃つための穴です。

⑨D70_7126
⑨東端は切れていて、おそらく虎口ではないかと思います。

⑩DSC_0293
⑩北側はこのような立派な石垣が巡らしていますが、その他の方角には石垣がありません。お住まいの方に少しお話しを聞かせて頂きましたが、この石垣がいつ頃作られたか、改変されたかなどわからないとのことでした。

⑪D70_7128
⑪集落の北側には田んぼが広がっています。

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おまけ1
月1回のお勤め、神戸出張のおみやげ。最近は飛行機でなく、JRで移動するようになったので、新神戸駅で、ビールとおつまみと併せて購入^_^; コアラのマーチ関西版

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次は、じゃがビー関西版、こんなお菓子が子供は喜びます。

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最後は自分用とかみさん用に「おたべ」。久しぶりに購入。

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おまけ2
今年の初詣も昨年に続き山王神社。1月3日に行きましたがけっこう人が多かったです。

D70_7386.jpg
息子が買ったおみくじは「吉」。今年も健康で平穏な一年でありますように。

最後まで見て頂きありがとうございました。
次回は、田平ノ館を紹介します。
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しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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