志岐城(熊本県苓北町) 

こんにちは、週末から少々暖かくなったように感じますが、寒さはまだまだこれからでしょう。


長崎では中国の旧正月を祝うランタンフェスティバルが今日から15日間に渡り開催されます。
今日は所用で中央公園付近を通りましたが、極彩色のランタンが飾られていて、お祭り一色といった感じでした。


さて、今回は昨年末に天草へ訪れた際に登城した志岐城をご紹介します。
志岐城は天草五人衆の中心人物であった志岐氏により14世紀から15世紀にかけて築城されたとされています。
北部九州の城では外来の陶磁器が出土することが多く、ここ志岐城でも中国や東南アジアの磁器が出土され、盛んに外国との貿易が行われたことがわかります。
天正17年の天草合戦で、小西行長、加藤清正の連合軍に攻められ、薩摩の島津氏を頼り、出水に退いたとされています。


①D70_3590
①本丸南側の帯曲輪から本丸を眺めたものです。


②D70_3407
②富岡城内に展示されていた志岐城の模型。本丸は左側。


③D70_3661
③志岐城は消防署の左側から登城します。本丸直下まで車で登れます。写真では見えにくいですが「志岐城跡公園」の表示板を探してください。


④D70_3643
④本丸下の二の丸の様子。駐車場もあり数台停められます。


⑤D70_3641
⑤本丸。左下に案内板あり。


⑥D70_3578
⑥本丸には志岐麟泉社が祀られています。志岐麟泉とは、志岐氏第16代当主で、志岐城主。天草五人衆の一人で志岐 鎮経(しき しげつね)と呼ばれます。キリシタン大名で、領地での布教を許しているが、のちに棄教。天草合戦で敗れ、出水へ逃れています。


⑦D70_3579
⑦標柱


⑧D70_3583
⑧本丸奥には一段高い場所があり、志岐麟泉の御神体を祀る石祠が鎮座しています。物見にはよい場所です。


⑨D70_3582
⑨土塁も残されているようです。


⑩D70_3581
⑩説明版


⑪D70_3585
⑪本丸北東側。犬走のようです。


⑫D70_3589
⑫本丸南側の様子。少々広い曲輪があります。見どころはこの曲輪の南側(写真右側)を降りた場所にあって、石積、堀切、土塁が残されています。このお城一番の見どころなのでお見逃しなく。


⑬D70_3597
⑬⑫の写真の南側に降りたところです。写真右に石積が見られます。


⑭D70_3610
⑭⑫の写真の曲輪南側直下の石積みの様子。往時は写真左側の斜面に石がびっしりと積まれていたのでしょう。


⑮D70_3617
⑮ここにも石がゴロゴロしています。


⑯D70_3620
⑯更に南側に進むと堀切。きれいなV字。往時はもっと深かったのだと思います。


⑰D70_3635
⑰中央に土塁。左右に堀切。


⑱D70_3651
⑱本丸を後にして出丸に移動。出丸に説明版がありました。


⑲D70_3652
⑲出丸からの眺め。写真奥の半島の中央窪んだところに富岡城があります。


志岐城の場所


最後まで見て頂きありがとうございました。

スポンサーサイト
城の山古城(長崎県西海市) | HOME | 飯盛城(長崎県西彼杵郡長与町)

COMMENT

COMMENT FORM


TO SECRET
 

TRACKBACK URL to this Entry

TRACKBACK to this Entry

| HOME |

calendar

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
09« 2017/10 »11

プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
PageTop▲