井手平城(長崎県佐世保市)前編 

こんにちは、5月も半ばを越えだんだん暑くなってきましたね。先週末は佐世保方面の山城に行ってきましたが、蚊が凄かった上に、ヘビがにょろにょろしてました。これからの季節、山城に入られる場合はお気を付けください。


さて、ゴルーデンウイークに登城した井手平城をご紹介します。予想以上に見どころが多くて、前後編2回でご紹介します。


井手平城は、佐世保市東部の陶器の町三河内に近い新替町にあります。戦国時代の終わりごろ井手平城は平戸松浦氏が守っていましたが、井手平城の南と東を流れる小森川の対岸は大村氏の領土であったため、国境を守る最前線の城とされていました。また、1586年(天正14年)に大村、有馬、波多の連合軍に攻められ落城したと伝えられています。


①D70_7943
①井手平城遠景。東側からの撮影。(井手平城は写真中央手前の丘陵地です)


②D70_7918
②上宮神社。背後の森は本丸。車は上宮神社の駐車場に停めさせて頂きました。ありがとうございました。


③D70_7629
③上宮神社に向かって左側の道沿いに案内板が設置されています。


④D70_7632
④案内板を過ぎ、道沿いに山側へ進むと分かれ道が見えてきますので、真っ直ぐ進んで下さい。


⑤D70_7643
⑤さらに進むとこの辺りから、左側は西出丸へ、右に行くと本丸へ、真っ直ぐ進むと東出丸へ行けます。


⑥D70_7915
⑥まずは西出丸から登城。西出丸を見上げたところです。赤色の線に沿って進むと西出丸曲輪へ、黄色の線へは武者走?へ。


⑦D70_7651
⑦西出丸の南端からの眺め。中央手前の森は大村氏が井手平城攻めの為に築いた塩浸城という陣跡です。


⑧D70_7669
⑧西出丸中央部。左側が一段高くなっています。


⑨D70_7681
⑨東出丸との間の谷に降りてきました。


⑩D70_7686
⑩谷を南側に進むと水堀が見えてきます。左側は東出丸。山城で水堀があるのは珍しいです。


⑪D70_7691
⑪土橋を渡って東出丸へ進みます。


⑫D70_7704
⑫東出丸登城道。左下は水堀。


⑬D70_7713
⑬石積もあるようですが、往時のものか不明。


⑭D70_7725
⑭堀切が二つ並んでいます。尾根からの攻め手を防ぐ大事な堀切です。


⑮D70_7732
⑮井手平城の3つの曲輪のあちらこちらに石仏があります。このお城で戦死された方の供養のためとも考えられています。


⑯D70_7740
⑯案内板


⑰D70_7753
⑰東出丸には鉄塔があります。


⑱D70_7756
⑱東出丸南側には虎口らしきものがあります。(写真中央左)


⑲D70_7757
⑲虎口から外を見ると真っ直ぐではなく、攻めにくいように食い違いになっています。


⑳D70_7766
⑳虎口を外から見ると、ここにも石仏があります。



縄張り図
idehira1_1.jpg
※「長崎県中近世城館跡分布調査報告書Ⅱ(詳説編)」から転載させて頂いております。



所在地
これまでご紹介した写真の撮影場所をマークしてみました。写真説明の丸囲み番号と一致させています。


最後まで見て頂きありがとうございました。

次回は井手平城・後編です。

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Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳目前のオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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