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佐伯城(大分県)① 

こんにちは!

先週末の3連休を利用して大分県の佐伯城と臼杵城に登城してきました。

何れの城も、僕の「行きたい城リスト」にリストアップされていた城でしたが、やっと登城。

長崎県から大分県へはそれほど遠い感じはしないのですが、佐伯市や臼杵市は、大分市や温泉で有名な別府市より先にあることもあってなかなか登城のチャンスがありませんでした。


まずは佐伯城をご紹介します。山城でありながら総石垣の城で知られ、美しい石垣に加えて麓には城下町の風情を残す町並みもあり、見どころ多くたぶん三回シリーズになる見込みです。

佐伯城は、番匠川の河口北岸の八幡山山頂部に、関ケ原で功のあった毛利高政の佐伯入国により1602年(慶長7年)に築城を開始し、1606年(慶長11年)に総石垣で固めた本丸、二の丸、西出丸、北出丸が完成。また、1637年(寛永14年)に3代藩主毛利高尚(たかなお)により八幡山南東の山麓に三の丸を増築、居館や藩の施設を三の丸に移しています。以後、佐伯藩毛利氏は幕末の12代高謙(たかあき)まで続きました。


01_D70_0482.jpg ①JR佐伯駅からバスで7分ほど揺られ大手前バス停で降り、2,3分歩くと佐伯城三の丸に到着。三ノ丸櫓門がお迎えです。三の丸には現在、佐伯文化会館が建てられています。



02_D70_0057.jpg ②三ノ丸櫓門を城内から眺めてみました。



03_D70_0483.jpg ③三ノ丸の石垣を北側から撮影してみました。写真の右端よくみると石垣の角が丸くなっています。あんまり見ないですね。



04_D70_0064.jpg ④案内板。行きは「登城の道」、帰りは「独歩碑の道」で戻ってきました。「独歩碑の道」はけっこう遠回りしますのでご注意。



05_D70_0068.jpg ⑤ 早速登城開始!



06_D70_0071.jpg 佐伯文化会館上の三の丸の階段部分にも石垣があるのでお見逃しなく。



07_D70_0096.jpg ⑦「登城の道」は山道なので足を滑らさないようにご注意ください。



08_D70_0103.jpg ⑧しばらく登ると石垣が見えてきます。



09_D70_0110.jpg ⑨西の丸南端直下です。素晴らしい切岸ですが、石垣は見当たりません。足元には石がゴロゴロしているので、もしかしたら往時は石が組まれていたのかもしれません。



10_D70_0111.jpg ⑩よく見ると石だけでなく瓦が相当数散乱しています。瓦葺の建物が建っていたのでしょう。



11_D70_0123.jpg ⑪西の丸から取り付きます。本ブログの後ろに掲載している鳥瞰図によると「大門」と書かれています。大門にしては少々小ぶりな門ですが、、、



12_D70_0128.jpg ⑫大門南側の石垣



13_D70_0139.jpg ⑬同じく大門南側の石垣。写真右側に門柱の礎石が見えます。



14_D70_0157.jpg ⑭西の丸を南から北へ撮影してみました。写真手前の礎石には二重櫓が建っていたようです。



15_D70_0149.jpg ⑮ちょっと違和感のある大きな丸い穴。井戸のようだけど井戸じゃなさそうなので調べてみると高射砲の跡だそうです。佐伯市には第二次世界大戦時に海軍航空隊が開設されていたので関係があるのでしょう。



16_D70_0150.jpg ⑯西の丸からの眺め



17_D70_0170.jpg ⑰西の丸南西隅の石垣



18_D70_0184.jpg ⑱西の丸西側の石垣の様子。龍のようにうねった石垣が美しいです。



19_D70_0186.jpg ⑲こちらは西の丸の東側の様子。なんとなく万里の長城に見えませんか?(行ったことないですけど^_^;)




鳥瞰図
SAIKI_CYOUKANZU_D70_0067.jpg 
※クリックすると拡大します。

場 所

最後まで見て頂きましてありがとうございました!

滝山城(東京都)第二回 ~東京勤務シリーズ 

こんにちは!


今年の大河ドラマは「いだてん」。残念ですが僕の興味がある題材ではないので、今年は今のところパスです。仕方ないので「麒麟がくる」まで、過去の大河ドラマで繋ぐために近くのレンタルビデオ屋さんへ。


僕が大河ドラマを見だしたのは福山雅治さんの「龍馬伝」からで、その前のビデオを探してみたところ、けっこう皆さん借りられていて、最終的に「風林火山」に決定。

今日長崎はしっとりした雨。自宅でまったりとビデオ鑑賞です。

さて、東京勤務シリーズ四回目は、前回に続いて東京都の滝山城をご紹介します。


01_PC158482.jpg 

①中の丸から本丸へは深い堀切にかかる木橋を渡ります。見ての通り本丸側は見事な桝形です。



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②本丸桝形に入り、右に折れたところです。きれいな桝形をしております。



03_PC158491.jpg 

③本丸東側の様子です。土塁が巡っています。写真右手奥に南側の虎口が見えます。



04_PC158495.jpg 

④石碑。すごく立派です。



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⑤本丸北側の様子です。本丸は北側と南側に分かれているようで、北側は一段高くなっています(写真右端)。



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⑥本丸を後にして、写真①で渡った木橋を堀切下から見上げてみました。滝山城を紹介する際によく使われる木橋です。



07_PC158540.jpg 
⑦案内板によると、木橋はもう少し低い場所に架けられていたようです。この堀切相当深いのに、往時はもっと深かったとのこと。凄いね!


08_PC158568.jpg 
⑧二の丸を通り、東馬出へ至る土橋付近。本ブログの下のほうに掲載している縄張り図2の緑丸あたりです。馬出といってもかなり広いです。



09_PC158582.jpg 
⑨東馬出を過ぎると「行き止まりの曲輪」に出てきます。



10_PC158581x.jpg 
⑩案内板によると、曲輪の両端が狭い土橋になっているため行き止まりのような形になるらしいです。また、この「行き止まりの曲輪」は馬出の役割もあるらしいのですが、「行き止まりの曲輪」は土橋で別の馬出に繋がっているので、馬出の馬出みたいな、今まで見たことのない珍しい構造になっています。こりゃ、攻めにくいですね。



11_PC158613.jpg 
⑪続いて「行き止まりの曲輪」から写真⑩の青の進入路方面へ進み、左手に信濃屋敷、刑部屋敷、カゾノ屋敷を見ながら更に進むと、深い横堀と土橋が見えてきます。



12_PC158625.jpg 
⑫写真⑪の土橋と横堀をカゾノ屋敷から見下ろしてみました。この横堀は城を取り巻く横堀の南東隅あたりに位置します。



13_PC158624.jpg 
⑬カゾノ屋敷南隅の土塁



14_PC158637.jpg 
⑭土橋と横堀を鑑賞した後は、再び「行き止まりの曲輪」へ
戻ります。この滝山城ハイキングにももってこいです。



15_PC158642.jpg 
⑮縄張り図2の赤枠辺りは、小さい土橋や馬出、虎口が密集している面白い場所です。行き止まりの曲輪」から大馬出に至る土橋です。



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⑯次に大馬出から角馬出に至る土橋。



17_PC158674.jpg 
⑰最後は角馬出から二の丸への土橋。二の丸へは登りになっている上、写真手前の角馬出が小さいので攻め手は苦労する場所です。



18_PC158703.jpg 
⑱滝山城最後の写真は二の丸南側の空堀でお別れです。永禄12年の武田信玄の関東侵攻でも二の丸は落とせなかったと伝えられており、北条流の固い守りがよくわかる滝山城でした。



縄張り図1

TAKIYAMA_NAWABARI.jpg

※現地案内板より転載させて頂きました。



縄張り図2
takiyama_ninomaru1.jpg 
※現地案内板より転載させて頂きました。


場 所

最後まで見て頂きましてありがとうございました。

滝山城(東京都)第一回 ~東京勤務シリーズ~ 

こんにちは
巷ではインフルエンザが流行っていますが、僕の周辺では先々週のピークを境に、先週は鳴りを潜めていました。
昨日は九州でも北部では雪が降っていたようで、これから二月にかけて寒くなるので皆さん注意してくださいね。


さて、東京勤務シリーズ第三回は東京都の滝山城。中世城郭の最高傑作といわれていて、多摩川を天然の堀として、段丘上に配されている数多くの曲輪を横堀で囲い、城内も馬出、堀切、桝形などのパーツで守る、見どころ満載、おすすめの城です。

見どころ満載だけあって写真を絞り込めず二回に渡りご紹介致します。


滝山城は1521年に山内上杉氏の重臣で武蔵守護代の大石定重が築城し、後に養子となった北条氏照により拡張、改修されたとされています。しかし、近年の研究では、北条氏照は油井領を支配していた大石綱周の養子になり、油井城に居住し、その後、1567年までに滝山城を築城、移転してきたと考えられているようです。


01_PC158715.jpg

①JR八王子駅前からバスで十数分揺られ、滝山城南側登城口近くの「滝山城址下」バス停で降ります。八王子駅からのバスの本数も多く、公共交通機関でのアクセスは良いと思います。


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②バス停からすぐの登城口。気分が高まります!


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③案内板。公園として整備しているようで、途中ジョギングされている方も多く見られました。


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④登城口から少し上った天野坂と呼ばれているところです。この付近に門があってもよさそうです、この辺りでうろうろしていると、正面から狙い撃ちされます。


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⑤写真④から更に少し上ったところですが、いきなり素晴らしい横堀、切岸が現れます。小宮曲輪の南隅部です。


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⑥更に登ると右側には、三の丸南側の横堀が見えてきます。普通だと横堀に沿って歩いていくところですが、残念ながら通行禁止です。


07_PC158373.jpg

⑦小宮曲輪東側の横堀です。こんな堀が城を取り巻いています。


08_PC158382.jpg

⑧小宮曲輪から山の神曲輪を向かう途中に桝形虎口が見えてきます。


09_PC158379.jpg

⑨近くには気の利いた案内板があって、全体図と拡大図に加えて、想像図があって非常によくわかりやすいです。


10_komiwakuruwa1.jpg

⑩⑨の案内板の想像図を拡大したものですが、往時の状況がイメージできて楽しさ百倍です。


11_PC158388.jpg

⑪山の神曲輪からの眺め。多摩川が見えます。城の北西側は多摩川が天然の堀となり城を守っています。


12_PC158393.jpg

⑫とある桝形虎口。写真⑧から西に少し歩いた場所にある桝形虎口ですが、このような桝形虎口が数多くあるようです。


13PC158433.jpg

⑬千畳敷と呼ばれる曲輪の虎口。虎口は折れがあります。


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⑭千畳敷の様子。千畳敷というだけあって広い曲輪です。このコンデジでは全体を撮影できませんでした。


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⑮千畳敷の東側にある角馬出。千畳敷の東側は二の丸があって、千畳敷のある西側からの攻めに対する二の丸の防備のためと思われます。


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⑯写真⑮の角馬出を南側から(写真⑮では右側から)撮影してみました。空堀の様子がよくわかります。今は埋まっていますが、往時はもっと深かったと思われます。



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⑰中の丸の虎口。しつこいくらいに虎口には折れがあります。


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⑱写真⑰の虎口を曲輪内から見下ろしてみました。敵兵がきたら即狙い撃ちです


19PC158473.jpg

⑲中の丸の様子です。土塁が巡っています。


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⑳中の丸にある案内板。次回は中の丸から土橋を渡って本丸へ。



縄張り図

TAKIYAMA_NAWABARI.jpg
※現地案内板から転載させて頂きました。


場 所


最後まで見て頂きましてありがとうございましたm(_ _)m
次回は滝山城第二回です。

杉山城(埼玉県)~東京勤務シリーズ~ 

こんにちは!

慌ただしい東京勤務も終わり昨日長崎に帰還しました。明日からまた違う仕事をやりますが、この歳になると仕事の切り替えもだんだんと難しくなってきます。


さて、既に長崎に帰ってきましたが、東京勤務シリーズ第二回は埼玉県の杉山城。
この杉山城には、「杉山城問題」という、近年の発掘調査や古文書などで築城年代が定説から覆され、これまでの城郭研究が抱える問題が浮き彫りになったということらしいです。
おそらく杉山城は昔は名もない地元の方のみが知る城跡だったと思うので、発掘調査もされず、文献の調査も不十分だっただろうから、当然見誤ることもあるだろうし、そもそも歴史は後年の研究・発掘で新しい発見があり、歴史が変わり、またそこが面白いのだと思うのですがね。

杉山城は当初、戦国時代の後半、1560年ごろ、北条氏により築城されたと考えられていましたが、その後の発掘調査などで、現在は、15世紀後半から16世紀初めにかけて、山内上杉氏、扇谷上杉氏による築城と考えられているようです。また、杉山城は土造りの頂点の城と呼ばれていて、複雑かつ技巧的な城としても有名です。



①PC097914

①杉山城近景。東武東上線・武蔵嵐山駅から歩いて30分程度の場所にあります。「嵐山」は「あらしやま」ではなく「らんざん」と呼ぶようです。最寄り駅から約30分かかりますが僕個人としては歩いていけるギリギリの距離です。またこの駅から南側に10分程歩くと菅谷館跡と埼玉県立嵐山史跡の博物館もあるので併せて行かれれるとよいと思います。



②PC097918

②杉山城の麓にある積善寺。天台宗比叡山派のお寺で1525年に祐源阿闍梨によって開かれたそうです。お茶請けは、京都・阿闍梨餅がサイコーです。お寺よりも写真左側の空堀や切岸っぽい地形が気になります。



③PC097921

③大手口には案内板があります。



④PC097939

④大手虎口付近。敵は緑の矢印の通り進軍してくるはずですが、赤の矢印の通り見事に横矢がかかります。



⑤PC097944

⑤外郭から眺めた南三郭とその馬出。土の起伏が美しいです。



⑥PC097972

⑥外郭と南三郭を分かつ空堀。南三郭に横矢を掛けていることもあって、空堀の中は視界が悪いです。



⑦PC097987

⑦南三郭の虎口から馬出を眺めてみました。



⑧PC097953

⑧外郭から本郭方面の眺め。



⑨PC098035

⑨本郭虎口へ至る犬走?



⑩PC098081

⑩東二の郭の土塁



⑪PC098142

⑪本郭虎口から南二の郭方面を眺めてみました。



⑫PC098092

⑫本郭の様子



⑬PC098089

⑬石碑と案内板。石碑裏の土塁も併せてご鑑賞下さい。



⑭PC098107

⑭本郭北側の虎口を北二の郭から眺めてみました。北側から攻められてもこの辺りから虎口までに写真左上から矢が飛んできそうです。イヤですね。



⑮PC098127

⑮北二の郭の虎口を北三の郭から眺めてみました。この虎口も厳重です。なかなか真っ直ぐには入れてくれませんね。どの虎口もムチャクチャ横矢がかかります。



⑯PC098056

⑯最後に外郭付近からの麓の眺め




縄張り図

NAWABARI_SUGIYAMA.jpg
※現地案内板から転載させて頂きました。また、クリックすると多少拡大します。

場 所


最後まで見て頂きましてありがとうございました。

あけましておめでとうございます 

あけましておめでとうございます。


旧年中は土や石ばかりの当ブログに迷い込んで頂きましてありがとうございました。

お城は全国に二万とも三万ともいわれております。皆さんのお住まいの裏山にも誰が何時築いたかも知らないお城があって、往時生きるか死ぬかの戦いの中でお城に立たざろうえなかった一将兵の思いをお伝えすべく、たぶん本年もゆる~く、マイペースで続けていきたいと考えておりますので、お付き合い頂きたくお願い申し上げます。

ということで、毎年恒例の初詣は久しぶりに長崎くんちで有名な諏訪神社へ


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案の定人だかりです

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うちの娘は受験生なので、諏訪神社近くの松森天満宮へ

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短い参道にはお饅頭屋さんが出店しておりました。


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珍しくおみくじを引いてみると大吉!娘も大吉、本年も良い年でありますように。


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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳過ぎのオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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