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和歌山城(和歌山県) 

こんにちは、お盆休みは関西へ家族旅行に行ってきました。


仕事柄先々の予定が立てにくく、出発前日にJRとホテルを予約してみましたが、予想外に空いていました。お盆でも地方から関西方面は人の流れがそれ程多くないようです。


家族旅行中でも気になるのはお城のこと(かなり病的)。かみさんも子供達もお城には一切興味が無いので、家族旅行の最中にお父さんだけお城に行くわけにはいかないのですが、なんとか時間を作って和歌山城と大阪城に登城してきました。


和歌山城はご存じの通り御三家・紀州徳川家代々の居城です。天正13年(1585年)羽柴秀吉が弟の秀長に命じて虎伏山に築城したのが始まりとされています。



①P8136471

①南海電鉄・和歌山市駅から歩くこと約20分、吹上口に到着。


②P8136469

②案内板。あちらこちらに案内板が設置されていますが、往時の状況を描いた左上の挿絵がイメージを膨らませてくれます。


③P8136505

③砂の丸跡の石垣


④P8136511

④追廻門。 砂の丸に入るための城の西側に設けられた門です。表からは分かりにくいですが高麗門形式で、戦災でも焼け残った貴重な門跡です。


⑤P8136528

⑤鶴の渓(つるのたに)と呼ばれている、砂の丸から二の丸へ通ずる道です。右の石垣は傾斜が緩やかですね、僕でも登れそうです。


⑥P8136533

⑥二の丸と西の丸を繋ぐ廊下橋。御橋廊下と呼ばれています。この橋は通ることができます。


⑦P8136607
⑦裏坂付近

⑧P8136637
⑧天守閣。本丸御殿跡から撮影。

⑨P8136661
⑨天守閣内から撮影。

⑩P8136672
⑩和歌山市内の景色。天守閣から西側を撮影してみました。

⑪P8136686
⑪埋門。勝手口のようなものでしょう。

⑫P8136688
⑫天守閣に天守石垣を入れて撮影してみました。

⑬P8136690
⑬天守曲輪と本丸との間の谷部へ降りる途中の石垣。

⑭P8136693
⑭松の丸跡方面へ下る途中からの撮影。

⑮P8136732
⑮岡口門。追廻門と同様戦災でも焼け残っています。

⑯P8136739
⑯城の東側には雁木がよく残っています。

⑰P8136749
⑰一中門。和歌山城は多様な石垣が鑑賞できますが、一中門はきれいな切込接で積まれています。

⑱P8136761
⑱JR和歌山駅から東へ歩いて10分程のところに太田城跡があります。この太田城は日本三大水攻めの一つだそうです。勉強不足で知りませんでした。残り二つは秀吉の中国大返しの高松城とのぼうの城の忍城。

⑲P8136763
⑲現在、城跡の一部に玄通寺が建てられています。

⑳P8136764
⑳ほぼ宅地化され、あまり遺構は残っていないようです。

場 所


最後まで見て頂きありがとうございました!

高取城 ①(奈良県)~思い出の名古屋勤務シリーズ~ 

こんにちは、夏真っ盛りですが、夏といえば高校野球。


以前、少々ソフトボールをやっていたり、広島に通算5年ばかり住んでいたので、いつの間にかカープファンだったりと野球は生活の中の一部なんですが、今年も全国高校野球選手権大会が明日から開催されます。長崎県予選の決勝も息子と観戦してきましたが、全国での活躍を期待したいです。


さて、思い出の名古屋勤務シリーズの3城目は、奈良県の高取城。

ご存じの通り日本三大山城とされている城の一つ。山城でありながら高石垣に多くの枡形虎口を持つ珍しい城で、いかないと損です。
それにしても、往時こんな山の中に天守に加えて多くの櫓門や多門櫓が林立しているとは到底思えません。麓からの城の姿はさぞかし輝いていたのではないかと思います。


高取城は、南北朝時代の1332年(元弘2年)に南朝側に属していた、地元の豪族・越智八郎により築城されたと伝えられています。その後、筒井順慶が入り支城の一つとして整備するも、本格的城郭として整備されるのは、1589年(天正3年)に豊臣秀長が大和郡山城への入城に伴い、重臣の脇坂安治、続いて本多利久により、本丸に3重の大小天守、二の丸に屋敷を、更に三重櫓が17基造られるなど、山城に壮大な近世城郭を生み出しました。
本多氏は俊政の子の政武に跡継ぎがなく断絶し、1640年(寛永17年)に旗本の植村家政が城主となると、以後、14代明治維新まで城主となりました。



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01 高取城は標高約583mの山に築かれていますが、幸い県道119号線を利用すると二の丸直下まで登ることができます。麓から登ると案内板が見えてきます。車はこの辺りに数台は止めれそうですが、更に登ってみます。


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02 更に進むと行き止まり。行き止まりには2台程度は車が停められそうです。ここからは徒歩です。


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03 しばらく登ると石積が見えてきます。 


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04 登るにつれて近世城郭っぽい石垣が現れます。



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05 まずは二の丸へ入ります。桝形虎口の石垣がすばらしいです。


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06 写真05の虎口を別のアングルから撮影。写真左の石垣には太鼓櫓。また写真右の石垣には十五間多門があったとされています。


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07 十五間多門から本丸側の眺め


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08 いよいよ本丸へ進みます。


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09 木彫りの熊さんがお出迎えです。奥の天守もですが、切株をくりぬいて作っています。


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10  屏風折れの石垣が美しいですね。


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11 本丸の虎口らしく折ればかりでなかなか入れませんね。


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12  門の礎石も残されています。


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13 さらに本丸に進むと勝手口のような出入り口を発見。


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14 進むとこんな感じ


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15 右に折れてみました。僕は大きな虎口よりも生活感のある小さな虎口が好きです。


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16 折り重なるような石垣が美しいと思います。通ってきた通路は写真右側です。


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17 本丸の様子


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18 天守台


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19 本丸からの眺め


縄張り図と解説
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※高取城の案内板を掲載させて頂いております。


おまけ
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奈良県は史跡の宝庫ですが、有名な石舞台古墳にも足を延ばしてきました。

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古墳のお堀?

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天井石部分。天井石の下が石室になっています。

場 所

最後まで見て頂きありがとうございました。
次回は高取城その2の予定です。

棚底城(熊本県天草市) 

こんにちは
台風12号が本州に接近、九州北部にも来襲するようです。特に先日の西日本豪雨に見舞われた方々への二次被害が心配されます。


さて、先日この暑いさなか、蚊や蜂、クモの巣を覚悟しつつ天草の山城に登城してきました。長崎から天草へは茂木-富岡間の高速船を利用するのが最短ルートなのですが、船のダイヤの関係で滞在時間は7時間程度。今回は河内浦城、久玉城、棚底城の三か所を巡ってきましたが、見どころ多い棚底城をご紹介します。


戦国時代の天草は、天草氏、志岐氏、上津浦氏、栖本氏、大矢野氏による天草五人衆により治められており、棚底城は上津浦氏(こうつうら)の一族の居城でした。「八代日記」によると1544年から1560年にかけて、上津浦氏と栖本氏により城をめぐって戦いが行われたそうです。
棚底城は東西340m、西側にある標高90mの主郭(Ⅰ郭)から東に向けて階段状の郭が連続して下っている縄張りになっています。


国指定史跡ということもあり、草木は掃われ、散策しやすく、また、遺構の改変は少なく現状を留めており、お勧めのお城です。
よろしければ本ブログ巻末の地図と併せてご覧下さい。



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01 棚底城全景。南側から撮影してみました。



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02 石碑と駐車場。軽自動車だと5台ぐらいは止めれそうです。駐車場は城の東端にあります。



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03 登城口は駐車場のすぐ脇にあります。



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04 郵便受けにビニール袋に包まれたパンフレットが置かれています。ただ、パンフレットは湿気でくっついていました。最近はネットで情報が入手できるのであまり必要性は感じません。



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05 しばらく登るとⅧ郭に到着。国の指定史跡なので、きれいに整備されています。写真右がⅧ郭。奥のほうにⅦ郭が写っています。



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06 Ⅶ郭です。おそらく築城前はなだらかに登っていたと思いますが、削平していくつかの郭を整備したのでしょう。



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07 Ⅶ郭の石積はこんな感じです。右上にⅥ郭の石積が少し見えています。



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08 更に登るとⅥ郭に到着。Ⅵ郭の石積と奥にⅤ郭の側面部が見えています。Ⅴ郭の東側に石積はなさそうです。



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09 更に進みます。写真左側がⅤ郭で、右の高いところがⅣ郭です。



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10 Ⅵ郭からの眺めです。郭は木々に囲まれていて視界は限られています。



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11 Ⅳ郭の様子です。この郭は主郭(Ⅰ郭)に続き城内でも広い郭のようです。説明板によると、熱を受けた陶磁器の破片が多く出土されているとのことで、広い郭を持つこのⅣ郭に生活の場があり、また、戦いが行われたのでしょう。



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12 更に進むとⅢ郭が見えてきます。見えにくいですが奥にⅡ郭・Ⅰ郭が続いています。沢山の郭が続き見どころが多い城です。Ⅲ郭は石積で郭を補強しています。補修工事のためかビニールシートで囲われています。



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13 Ⅲ郭の左側の登城道を通ってⅢ郭に入ります。Ⅱ郭は目の前です。



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14 Ⅱ郭からⅢ郭とⅣ郭を見下ろしてみました。



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15 やっと主郭(Ⅰ郭)が見えてきました。主郭は写真右側の登城道へ回り込み東側から登ります。



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16 主郭東側に回り込んできました。



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17 主郭北側には珍しい遺構が残っていて。説明板によると三重横堀とのこと。主郭北側の防御のため三重の横堀と土塁が造られているようです。写真は二つの横堀を写したものですが、遺構はかなり改変されていると思いますが、今でも高いところは背の高さを越える場所もあります。



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18 そしていよいよ主郭へ



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19 主郭の様子です。主郭は小さい3つの郭で構成されています。説明板によると沢山の柱穴が見つかっており、城主の館があり、建物が幾度も立て替えられたのではないかとのこと。また、茶道具の破片が出土されており、茶の湯が行われていたようです。



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20 主郭西側には小規模な桝形虎口っぽい遺構が見られます。主郭西側には帯郭や小さい郭が造られていることから、ここから出入りしたのでしょうか。



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21 主郭北西にある堀切



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22 民家の石垣。お城仲間の方によると倉岳おろしという強風を避けるための石垣とのことです。




棚底城のマップ
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※天草市役所観光文化部文化課発行のパンフレットから抜粋させて頂いております。



棚底城の場所

最後まで見て頂きましてありがとうございました。


諏訪原城 (静岡県)② ~思い出の名古屋勤務シリーズ~ 

こんにちは。それにしても毎日暑いですねぇ。


最近ちょっと体調が悪くて外出は控えておりますが、たまに外出するとじっとりとした熱風で体力を奪われて長い外出は危険を感じますね。
地球温暖化の影響もあるかと思いますが、この先どんな暑さになるのか怖くなります。

さて、思い出の名古屋勤務シリーズ、静岡県・諏訪原城の第二回です。本曲輪から二の曲輪へ戻り、南側の丸馬出を鑑賞します。
よろしければお付き合い下さい。



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01 順路に沿っていよいよ本曲輪に進みます。


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02 本曲輪の西側から東側に進むと土塁らしきもの発見。


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03 更に東側に進むと石塁で組まれた高まりがあります。往事の遺構か近代の遺構かよくわかりません。


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04 近くに寄ってみるとこんな感じです。


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05 本曲輪の東端に来ました。写真左側に土塁がありその右側は本曲輪の外郭にあたります。写真中央右の石塁で組まれたスロープが気になるんですが、なんでしょうかね。


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06 本曲輪外郭からの眺め



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07 本曲輪外郭南側に設置されている説明版


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08 二の曲輪方面に戻ります。写真奥に本曲輪と二の曲輪を分かつ内堀が見えています。


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09 二の曲輪へ戻るため、一旦、内堀へ降りて、二の曲輪へ登ります。


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10 内堀の底にはカンカン井戸と呼ばれている井出があります。


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11 カンカン井戸付近から水の手曲輪へ下りることもできます。


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12 二の曲輪に戻ってきました。写真右端に二の曲輪を分ける土塁が写っています。


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13 二の曲輪の西端です。土塁の様子がわかりますね。


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14 土橋向かい側にわたると二の曲輪大手馬出です。


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15 二の曲輪との曲輪大手馬出を分ける外堀です。この後、諏訪原城南側の馬出を鑑賞します。


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16 二の曲輪南馬出です。なんともつかみにくい写真で申し訳ありません。もちろん馬出の周りには堀が取り巻いているのですが、この写真ではよくわかりませんね。


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17 二の曲輪東内馬出です。諏訪原城の南側の馬出は、南馬出、東馬出、東内馬出の3つの小規模馬出が築かれており、他の大規模馬出と比べて対照的で楽しめます。この東内馬出の外に更に東馬出で防御がなされていることから東内馬出と呼ばれているようです。
写真左の堀は相当埋まっていますが、おそらく往事は深かったと思われます。


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18 二の曲輪南側の外堀です。僕はどちらかというと石垣のあるお城が好きなんですが、この諏訪原城を見て土の城もいいなぁとあらためて感じました。


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19 諏訪神社の鳥居と諏訪原城の石碑


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20 最後は諏訪原城の石碑のアップでお別れです。



<場所>

最後まで見て頂きましてありがとうございました。
次回は奈良県・高取城の予定です。


諏訪原城 (静岡県)① ~思い出の名古屋勤務シリーズ~ 

西日本豪雨により、亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
また、名古屋で一緒に仕事をさせて頂いた同僚の自宅も水没しており、被災地の一刻も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。


さて、思い出の名古屋勤務シリーズ第二回は、静岡県・諏訪原城。


武田流と伝えられる巨大な丸馬出と空堀をぜひこの目の鑑賞したく登城しました。

諏訪原城の近辺は掛川、高天神、横須賀など著名で、かつ、バリエーションに富む多彩な城郭を鑑賞できる、おすすめの地域です。


諏訪原城は、1573年(天正1年)に遠江に侵攻した武田勝頼により、高天神城攻めの陣城として、また徳川方の城である掛川城、久野城のけん制のために、武田信玄の重臣・馬場信春に命じ、築城したとされています。
だが、1575年(天正3年)に長篠の戦で武田方が敗れると、戦局は一転、同年、徳川家康により落城、その後、駿河侵攻のための前線基地として改修、1581年(天正8年)に武田方の高天神城が落城すると、その役割を終え、徳川家康が関東移封された1590年(天正18年)頃に廃城になったとされています。



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01 諏訪原城の駐車場。普通車であれば10台ぐらいは停められそう。手前のスペースがもったいないですが、来訪者は少ないのでしょうかね。


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02 駐車場の傍に案内板とパンフレット置き場が設置されています。諏訪原城の本曲輪方面は写真奥ですが、写真中央に既に堀跡が見え、気分が高まりますね。



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03 駐車場の傍にある南大手の外堀。

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04 この堀もそうだと思います。でも、相当埋まっていますね、往時はもっと深かったと思いますが。

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05 順路に沿って、北側の丸馬出しへ向かいます。写真左端に茶畑が見えています。静岡県に来てびっくりしたのは、この諏訪原城近辺の城へ移動する際、茶畑だらけで、改めて静岡県にきたんだなぁ~感じましたね。

06_D70_4062.jpg
06 しばらく順路に沿って歩くと左側に石碑と案内板を発見

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07 案内板

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08 石碑、案内板を過ぎると城の北側にある、二の曲輪中馬出に到着。写真の案内板は「二の曲輪北馬出」と表記されていますが、「二の曲輪北馬出」は二の曲輪中馬出の更に北側にあります。


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09 写真では知っていたものの、実際にこんな大規模な丸馬出を見たのは初めてなので感激です。

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10 二の曲輪中馬出を北端から南側に眺めたところです。どこらみても惚れ惚れしませんか。

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11 二の曲輪北馬出の西側の空堀です。

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12 二の曲輪北馬出です。復元された門がポツンと建てられています。

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13 二の曲輪北馬出から二の曲輪中馬出を眺めてみました。馬出を東西の深いの空堀が挟んだ様子がよくわかります。

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14 二の曲輪中馬出から二の曲輪へ渡り、二の曲輪から二の曲輪北馬出方面を眺めたところです。どこから見ても凄くて興奮しきりなんですけど。

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15 同じく二の曲輪から、二の曲輪北馬出と二の曲輪中馬出の真ん中付近を撮影してみました。この写真向かいの木々もアクセントになっていませんかね。

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16 二の曲輪の北側を撮影したものです。北側だけですけど広っ。

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17 で、こちらが、二の曲輪の南側。土塁が見えますが、その土塁の先にも、くの字型に折れた曲輪が続いていて、兵を駐屯させるにはいい広さだなぁと思います。

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18 そして、いよいよ土橋を通り、本曲輪へ進みます。

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19 二の曲輪と本曲輪を分かつ空堀も広くて深く見事です。


<場所>

最後まで見て頂きましてありがとうございました。
次回は静岡県・諏訪原城 その2の予定です。


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プロフィール

しんこう

Author:しんこう
しんこうといいます。長崎市在住の50歳過ぎのオヤジです。かみさんと子供2人の4人家族です。よろしくお願いいたします。趣味の山登り、城や地元長崎の様子などについて発信させて頂きます。この屋根瓦は倉敷を訪れた際に、色の組み合わせが綺麗だなぁと思って撮影したものです。

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